運命の誘い【前編】
作: しろいるか
「お袋頼むよ!パソコン買ってくれ」
母親の前に一人の少年が土下座していた。
少年の名前は野村祐輔、16才。
渋谷・青雲学園高等部の一年生だった。
小田急線と京王井の頭線沿線の世田谷区下北沢から、京王井の頭線で渋谷に通学している。
夏休みになって2週間、今日も朝から母親の恵美子と激しく衝突している。原因は以前から欲しがっているパソコンのことだった。
「ダメよ!パソコンで遊んでる暇があるんだったら勉強しなさい!」
いつも返ってくる答えは同じだった。
「わかったよ!お袋のケチ!」
そう吐き捨てて家を飛び出した。
『うちの祐輔には困ったものね・・・』
出て行く息子を複雑な想いで見つめていた。しかし、甘い顔は見せられない!それが躾だと思っている。
外に飛び出した祐輔はというと、小田急線で豪徳寺駅まで来ていた。頭に血が上っていたため,どうやって電車に乗り込んだかすら覚えていない。
仕方なく豪徳寺駅で降り、豪徳寺宮坂界隈を歩いてみることにした。この辺りは世田谷でも旧家があることで有名だった。
この寄り道が運命の羅針盤を作動させる事になり、彼のその後の生き様を変える結果となった。
しかし、住宅街の道路をぼやきながら歩いている祐輔は、その事に気づいていない。
「あぁ、なんかいいバイトないかなぁー?」
それを道路に面した大きな洋館の庭で、お花に水をやっている中年の女性が聞いていた。
周囲を煉瓦調の高い塀に囲まれた正門の鋳物製の重厚な門扉を開けて、祐輔に声をかける。
「ねぇ、あなた何かバイトを探しているの?」
その女性はブランド品の高そうな洋服を着ており、容貌は美しく凛とした気品があった。
祐輔はその気品漂う雰囲気に圧倒されていた。
「そうなんですよ、何かいいバイトってあります?」
「そうね、無いこともないけど・・・」
しばらく考えた振りをして、
目の前の少年を焦らしてみる。
予想通り食いついてきた。
「何でもやります!庭掃除だったら得意ですよ」
チャンスをモノにしようという気持ちがありありだった。この機会を逃したら、チャンスはいつ巡ってくるかわからない。
「わかったわ、雇ってあげる。病気の娘の話し相手になってくれれば、1日1万円出すわよ」
『おっ、それって美味しいじゃん!』
即座に答えた。
「やります!是非やらせてください」
頭の中で計算していた。2学期まであと3週間、週5日で15万・・・目が眩むほどの好条件。
ホクホク顔で、広い敷地の中に誘い込まれて行った。
『ふっふっ、良いカモが手に入ったわ』
館の女主人は密かにほくそ笑んでいる。
女郎蜘蛛の網にかかった祐輔は、果たして生きてこの屋敷を脱出することが出来るだろうか?
高さ2.5mぐらい有りそうな白い両開きの玄関ドアを入ると、2階まで吹き抜けのホールがあった。ホワイトの手すりが付いた螺旋階段を2階に上がって行くと、ホールや階段には吹き抜けの天窓から差し込む光が、さんさんと降り注いでいる。祐輔は2階の広い洋間に案内された。
部屋の中はホワイトを基調とした見事な調度品で飾られており、
中央の大きなベットには、祐輔と同じ年頃の少女が寝ていた。
見ると可愛い顔をしている。しかし、その顔は青白く生気というものを感じない。
いくら可愛い女の子が好きな祐輔でも、付き合いたいと思うことが出来ない感じだった。
『可哀想だと思うよ、病気で青春を謳歌出来ないわけだし・・・』
この部屋に入ったことを少し後悔したけど、頭の中にお札がちらつく。仕事と割り切ろう!そんなことを思っていた。
寝ていた女の子が薄目を開けてこちらを見ている。弱々しい口調で俺のことを聞いて来た。
「お母様、この人誰?」
「今日から沙樹の話し相手になってくれる祐輔くんよ。学校のことや街のことも聞いてみればいいわ」
「ヨロシク」
俺は女の子に手を差しのべた。
少女も細く白い手を差しのべる。
起き上がって二人はベットの脇に腰掛けて話をすることにした。
俺は渋谷の話をして女の子の歓心を引こうとした。
女の子の母親が見ていると言う打算が働いた。娘が興味を示さなければ、バイトも今日一日で打ち切られる可能性もある。そうなれば彼の計画も大幅に狂うことになる。ジョークを交えながら、渋谷・青山の街の様子やファッションの話をする。女の子も興味深そうに聞いていた。
しばらく話していると、体が揺れる感じがする。
見てみると女の子と祐輔の間に隙間は残っていなかった。50cmぐらいあった隙間がいつの間にか狭まっている。
祐輔は不思議そうに小首を傾けながら間を空けようとした・・・しかし体が動かない。
『何だ!これは・・・?』
女の子と体が重なり始めた・・・右から祐輔、左から女の子の肌が溶解を繰り返しながら癒着してくる。
最初は夢を見ているような気がした。しかし夢ではなかった・・・二人の細胞組織がシンクロするようにお互いを取り込んでいる。
すでに片手と片足・肩・骨盤の一部は同化していた。冗談じゃない!慌てて体を引き離そうとしたけど、その努力は無駄に終わる。
「助けてくれぇー!体が取り込まれる!」
祐輔は恐怖を感じて大きな声を上げた。
いくら
右手と右足に力を込めて頑張っても、その状況に変化は無い。見えない力に引きずられるように、二人はシンクロを繰り返していた。
健康な体がシャム双生児のように結合する・・・右半身が祐輔、左半身が女の子の状態を想像して見て欲しい。
恐怖どころの話ではない!発狂したくなると思う?。
頭の中は完全にパニックになっている。
「ヒィ〜!!死にたくない!」
祐輔の叫びも空しく30分後には、二人はほぼ同化していた。でも、感覚的にはお互いをまだ認知出来ていた。
そう思ったとき、二人のいた場所から凄まじい閃光が走り、部屋中が金色に染まる。
祐輔は体の中で何かが弾けたような気がした。
彼はそれを感じながら意識を失う。
光の中で祐輔の細胞に張り付くように、この家の娘の遺伝子情報が焼き付いた。つまり遺伝子情報が書き換えられたことになる。
すると同化した体が変化する。体は縮み髪が伸びて背中まで達した。肩は狭まり胸に二つの膨らみが出来る。ウエストは引き締まって細くなり、お尻は横に大きく広がる。手や足は細く、体全体は華奢で女の子らしいシルエットが光の中から浮かび上がってくる。
光の粒子は変身する体の周りを回りながら、七色の光彩を放って消えていった。
部屋から光が全て消え去った後に残されたのは、ベットの脇の床に倒れているこの家の娘の姿だった。しかし肌には艶があり、病気に蝕まれていた時のような生気のない青白い肌では無かった。頬は赤みを帯び健康そうな体をしている。でも、不思議なことに着ている服は、シンクロする前に祐輔が着ていたTシャツとジーンズだった。
光の溶鉱炉の中で細胞は選別され、祐輔の細胞を乗っ取ることで、健康的な体を取り戻すことに成功した。
祐輔の意識は女の子の劣勢な細胞組織と一緒に、光の粒子となって溶鉱炉からはじき出されるように消え去ったはずだった。
館の女主人は、床で眠っている娘の姿を満足そうに眺めていた。ゆっくり抱きかかえベットの上に移すと、娘の頬を軽くたたく。
娘は その頬をたたく震動で目を覚ました。
「お母様、あたしどうしたの?」
母親に問い掛ける声は健康的で、艶と張りがある。
さっきまでの、ベットに横たわっていたときのような弱々しい声ではなかった。
「沙希!気が付いたのね」
「成功したのね!」
飛び跳ねるように上半身を起こす彼女は、自分の俊敏な動作に驚いている。あの病的な緩慢な動作は消えていた。第一目の輝きが違う!
「そうよ、沙樹は健康な体を取り戻したの・・・もう外に出ても大丈夫だし、学校にも行けるわ」
「うれしい!あたし学校に行くのが夢だったの」
両手を広げて母親に抱き付く娘!
この館の娘、沙樹は小学校4年生の時に心臓発作で倒れた。
大学病院の検査で、先天性の心臓疾患を患っていることが判明し、余命は10年以内と宣告された。
残された選択肢はアメリカでの心臓移植しか無かった。沙樹の血液サンプルをアメリカの移植コーディネーターに送った。
しかし、HLA(リンパ球の血液型)の適合率が極めて低い!いくら免疫抑制剤を使っても、移植後一年以上の生存率は20%以下だった。
移植の決断を下すにはあまりにも低い生存率、母親は苦渋の決断を下して娘の移植をあきらめた!
娘が逝くまでの10年を想い出作りだけで生活することにした。経営していた会社も友人に譲り、娘の世話を生き甲斐に生きていこうと決意した。
母と娘二人の生活が始まった。沙樹は学校に行ってお友達とお話をしたり、お勉強もしたかった。
しかし学校に行く機会は少なくなった。週に3日行ければいい方だった。入退院を繰り返す生活が続く。
特に中学生になると心臓病が進行して、年に4・50日も行ければよかった。当然出席日数が足らず進級出来なかった。
学校の負担になることを肌で感じ、次第に学校から遠のいていった。
沙樹は学校に飢えていた・・・もう一度行きたいと言う夢を胸に。
ベットの中でもクラスメイトとの会話を夢見ていた。
その夢が叶う日が来た!うれしさで体が震える。
健康を取り戻すために、1000年以上前の平安京で陰陽師として活躍していたご先祖様が手に入れた秘儀を使う。
それは鬼が人に取り付くための妖術だった。その変化(へんげ)の技の凄まじさに、陰陽師・水無月左近将監は技を永遠に封印する事を決意する。
それは彼の希望通り永遠に封印されるはずだった。
しかし、1000年後に直系の子孫によって、その戒めは解かれた。
子孫である女主人は屋敷の古文書を読み漁り、左近将監の足跡を尋ねた。そしてついに京都洛北の鞍馬山において秘儀を記した巻物を手に入れた。
くり抜いた竹の中に納められた巻物は、周りを蝋と漆で塗り固められて1000年の風雪に耐えていた。
それを中国前漢建国の謀臣・張良が、秦滅亡後前漢の高祖・劉邦と覇権を争って滅びた西楚の覇王・項羽を破るために使ったという、兵法書の奥義・奇門遁甲の秘伝をもって探し出すことに成功したのだ。
中国の歴代王朝でも皇帝と丞相(現代の日本で言えば総理大臣)にしか使用が許されなかった奇門遁甲の奥義は、弘法大師空海によって密かに日本に持ち出された。
密教呪法と奇門遁甲の奥義を日本にもたらした空海を嵯峨天皇は重用した。それは嵯峨天皇を陰から支える柱の一つとなった。
50年後水無月家に伝えられた真伝は、その当主以外知ることの出来ない口伝として代々受け継がれていた。
その奥義を使って手に入れた巻物を、ご先祖様の怒りを一身に背負う覚悟で封印を解く。
『娘のためだったら、鬼にも蛇にもなる!悪魔に魂を売ってもいい。ご先祖様の祟りがあると言うのなら、私が甘んじてお受けするわ・・・』
病気の娘を思う母親の信念は岩山を割るほど強かった。そのおかげで娘は健康を取り戻すことが出来たわけだが・・・。
でも、そのために命を失った男の子がいる・・・沙樹は心の中で手を合わす。
『ごめんなさい、あなたのことは決して忘れないわ』
伏し目がちだった目蓋を開けると、異様な匂いを感じる。
その匂いに不快感を露わにする。
「何この匂いって・・・臭い!耐えられない」
少女は祐輔が着ていたTシャツを嗅ぎ出した。匂いの正体は汗で濡れたTシャツだった。
「男の子の匂いってこんなものよ」
母親は諭すように娘に言う。女の子の汗の匂いと比べると、男の子の汗は刺激が強かった。
「あたし、我慢出来ない!シャワー浴びて着替えるね」
ベットから立ち上がって部屋から出て行こうとした時だった・・・意識の中に謎の存在が蘇る。
『オイ!よくも騙してくれたな』
『だれ?』
消滅したと思っていた祐輔の意識が復活を果たす。
一度は光の粒子となった意識体は空間に漂っていた。どうして再び体の中に取り込まれたかは、奇跡としか説明のしようがない。
そこには大いなる神仏のご加護とご慈悲があったと、ここでは述べておこう。
体の中では復活した祐輔と少女の意識体が、主導権を握ろうとしてせめぎ合いを始めた。
精神力が勝っている祐輔は、少女を弾き飛ばす。
『キャ〜ッ!』
少女の意識は衝撃で目を回す。
俺は身体をコントロールする精神中枢を取り戻すことに成功した。
弾き飛ばされた女の子が、再び精神中枢に入って来れないように周りを精神力で封鎖することにした。
んでもって高らかに復活宣言。
「復活!!」
「沙希どうしたの? 大きな声出しちゃって」
「オイ、よくも俺を騙してくれたな!」
目は怒りの炎を宿していた。相手を射すくめるような視線を送る。
館の女主人は娘の雰囲気が普段と違うのに気づく。
確かに姿形は娘だけど雰囲気が違う。身体全体から怒りのオーラが立ち上っていた。第一言葉遣いが女の子らしくなかった。
「お前!沙希じゃないわね」
「フッ、今頃気づいたか。乗っ取られた身体は返して貰ったからな!女の子だっつうのが気に入らないけどな」
「沙希は、沙希はどうしたの?」
やはり、母親としては娘のことが気にかかる。
「沙希? ・・・おまえの娘のことか?
ふん、精神中枢に入ってこれないように閉じこめてあるよ」
「なんて事をするのよ、許さない・・・・!」
怒りの表情を見せる。
「いいのか?
俺を倒すってことはお前の娘も死ぬってことなんだぞ!」
「お前はこの屋敷から出さない!
必ず沙樹を取り戻してみせる・・・」
決意を込めて手を握りしめる!
「ほぉ〜面白い、やれるモノだったらやってみろ!」
俺はあからさまに挑発を繰り返した。
怒りに満ちた気のエネルギーが俺に襲いかかる。辛うじてその攻撃を凌ぐ。
「おばさんも結構やるね」
余裕があるように虚勢を張る。
「ちょこまかと動き回って目障りよ!」
ヒステリックな言葉と同時に、第2、第3の光弾がくる。
『やばい! どうすればいいんだ?』
額から冷や汗が流れてくる。
その時だった、ジーンズのポケットに入っていた小さな石が妖しく光る。この石は数日前に家の近くの公園で老婆から貰った物だった。
むりやり手渡そうとした老婆を一度は邪険にしたのだが、命に関わる障害を取り除くことが出来ると言われて受け取った。
その老婆は実は月の女神の化身で、白い小石も月宮殿の至宝の一つ『月光の勾玉』だった。
その石が弾ける。その瞬間に脳髄から尾てい骨にかけて衝撃が走った。七つのチャクラが解放される。
体が燃えたぎるように熱い!常人の20倍ある祐輔の精神エネルギーは3乗され、約8000倍となっていた。
ある意味では超人と言ってもいいだろう。
手に沿って気を送り込み、許容量の半分を解放した。その気のエネルギーが光の猛虎と化して、館の女主人に襲いかかる。
女主人は金縛りにかかったように動けない。恐怖で目を見開いてその衝撃を受けた。全身は吹き飛び燃え上がっている。
そして、床で燃え上がっていた青白い炎は、跡形もなく消え去っていった。後には床に焼き付いた人間の形をした影しか残っていなかった。
正常な状態に戻った祐輔は、幻を見るように闘いの残像を思い出していた。いくら精神を集中させても、再びトランス状態になることはなかった。
役目を終えた月光の勾玉は主に誘われるように月宮殿に戻って行き、二度と祐輔の前に現れることはなかった。
『今のは何だ!』
そう思っていると、閉じこめていた少女が絹を切り裂くような悲鳴を上げた。
『キャーお母様 鬼!
悪魔!!』
『あっ、もう一人残っていたな』
『あたしも殺すつもりなの?』
『そのつもりだけど・・・』
『嫌よ!
死ぬなんて耐えられない。お願い助けて』
心臓疾患で余命を宣告されていた少女は、生に対する執念は貪欲だった。母親は俺が殺しちゃったわけだし・・・すこし可哀想になる。
『俺に精神エネルギーをシンクロさせれば、助けてやんないこともないけど』
救いの手を差しのべることにした。
『わかったわよ!
選択の余地はないのね。でもホントに助けてくれるんでしょうね?』
『男に二言は無い!』
『でも、いま女の子だよ』
祐輔は改めて自分の体を見た。その結果その場に呆然と立ちつくす。
膨らんだ胸をTシャツの上から触る。
「ある!」
ジーンズの上から股間も触れる。
「ない!!」
俺は大声でお約束の言葉を発した。
「これからどうすればいいんだろう?」
このままこの魔の巣窟と言うべき洋館に留まっている理由はない。
とりあえず家に帰ることにした。
その途中で心の中に居候させることにした少女が話しかけて来た。
『♪♪・・・ネェネェーあなたのお名前なんてーの?・・・♪♪』
『♪♪・・・はいはい、俺の名前は野村祐輔と申します。ところであなたのお名前は?・・・♪♪』
けっこう乗りのいい性格をしている。
『♪♪・・・あたしの名前は水無月沙希と申します・・・♪♪』
『こら!なんてことをやらすんだ!』
『だって、退屈なんだもん。それに乗ってきたのはあなたの方だよ!』
『あぁ〜お袋にどう説明すればいいんだよ。今日から女の子になっちゃった、なんて言えないよ』
『そんなことあたしの知ったことじゃないもん!』
『冷たいんだな?』
『冷たくもなるわよ!
あたしはこんなとこに閉じこめられちゃって、祐輔がすることをじっと見ていなければいけないんだよ。それにお母様を殺された恨みだってあるし・・・』
母親を殺された怒りは感じている。しかし、いくら恨み言を祐輔にぶつけても母親は帰ってこない。しかも四六時中、一緒に居なければいけない現実を考えると、怒りを持続することも出来ない。
彼の肉体を消滅させて、人生を狂わせた負い目もある・・・男の子が女の子になることは大変なことだと今さらのように気づく。
沙樹は恨みを捨てて、前向きに生きようと思う。間接的には外の世界も覗けるわけだし、ここから抜け出せる日が来ることを期待してみよっ。
それに祐輔を女の子らしくする楽しみもあるしね・・・。
『おっ、のっけから祐輔かよ!』
『いいじゃないの、あたしのことも沙希って呼び捨てでいいから・・・』
『わかったよ、そこから追い出すことも出来ないからな』
『うふっ、わかってるじゃないの。女の子のことも、いっぱい教えてあげるね』
『けっ、俺は男に戻りたいよ』
『無理だよ!この体のどこを探しても、祐輔の遺伝子情報って残ってないもん』
そんな沙希の言葉を聞き流しながら、自宅への道を急ぐ。
玄関の前に立つと、心臓がドキドキして額から脂汗が出ている。
これから母親の恵美子にどうやって言い訳をすればいいか、その方に気を取られていた。
ドアのレバーに触れる気持ちになれない。
無意識の内に時間が過ぎていく。
『ナニしてんの?
早くしないと』
沙希に急かされて思わず声を上げる。
『うるさい!』
『ベェ〜祐輔のバカ!』
繋がっていた沙希の精神エネルギーが途切れていく。へそを曲げたのか呼びかけても出てこない。
「まいったな」
壁に埋め込まれたセキュリティ端末に6桁の暗証番号を押す。ロックが解除された玄関ドアを勇気をふり絞って開けると、
「ただいま」
甲高い声をあげて中に入る。
「はぁ〜い」
母の恵美子が出てきた。
ホントは46才なんだけど、見た目は30才でも納得出来る容貌と若さを保っている。
ある意味では化け物妖怪っていってもいいかも?
恵美子は知らない声が玄関の方から聞こえてきたので出てみたら、そこには彼女の知らない少女が立っていた。
「あなた誰?」
うさんくさそうに俺を見るお袋の目が気になる。
「お袋、俺だよ! 祐輔だよ」
「バカなこと言わないで!
祐輔は男の子よ。あなた女の子じゃないのよ!」
突き放したような鋭い言葉が返って来た。
「そんなに大きな声出すなよ。実は美味しいバイトが有るって言われて、あるお屋敷に行ったんだ!
そこで陰陽師一族の罠に嵌っちゃって、女の子にされてしまったんだ」
恵美子は小首を傾げる。目の前の女の子の言葉遣いが、女の子らしくないのに気づく。
「信じられないけど言葉遣いは祐輔そっくりよね?
まぁいいわ、そこでは人目に付くから上がりなさい」
なんとか家の中に上がることが出来てホッとして、居間のソファーに腰掛けた。恵美子がガラスコップに入ったオレンジジュースを運んでくる。
「これを飲んでもう一度最初から説明してちょうだい!」
お袋の言葉にうんざりしながら、説明することにした。俺の話を聞きながら時折質問してくる。
全ての説明が終わると、
「ふぅ〜ん、そんなこともあるのね」
「信じてくれるのか?
俺が祐輔だということを・・・」
「昨日の晩ゴハンのおかずは何だった?」
「パエリアとアサリのコンソメスープにベーコンのチーズ巻きだよ!」
「パエリアの具は?」
「エビとムール貝に魚が入っていたと思うけど・・・?」
「最後にもう一つ聞くけど、わたしの実家はどこ?」
「府中だよ。多摩川競艇と競馬場のある府中市だよ」
「町名は・・・?」
「甲州街道近くの紅葉谷!」
分かり切ったことを聞くなって態度で恵美子を見る。
「祐輔に間違いないようね。でも、可愛く変わっちゃったね」
お袋の俺を見る目が微妙に変化した。
「かわいい!!」
抱き付いて来た。
『やっぱーそう来たか!』
頬ずりをして背中まである俺の艶やかな黒髪を撫でている。
「私ホントは女の子が欲しかったの。祐輔が生まれたときは、女の子だったら良かったのにって思っていたのよ」
とろけるような目で訴えてきた。
『なんだ! その言葉は? 俺が女の子になったことに抵抗は無いのかよ!』
カチンと来た。
「へぇーけっこう大きいわね」
恵美子は祐輔の膨らんでいる胸を触りだす。
「止めてくれ!」
このシチュエーションは危なかった。
「静かにしなさい!
それとも今月のお小遣い無しのほうがいい?」
流し目を送ってくる。その言葉が悪魔のささやきのように聞こえてくる。
小遣いがゼロになるのはかなわないと思って、シブシブ恵美子に身を任すことにした。
全身くまなく触られて、お袋が発した言葉に力が抜けた。
「Dカップぐらいかな?
ブラ買わなくちゃいけないわね。お洋服も可愛いのを買ってあげるからね」
うれしそうなお袋の表情が気にくわない。眉毛がくの字につり上がる。
『何がブラだ! お洋服だ! 俺は男だ!』
『女の子だってば!
いい加減にあきらめたら』
『なんだ! 沙希か』
『なんだ!
沙希か は無いでしょ!
あたしの身体なんだから少しは女の子らしくしてよね』
『わかってるよ』
沙希とそんな遣り取りをしていると肩を叩かれる。
「祐輔ってば、何ブツブツ独り言を言ってんの?」
「うん、なんでもないよ」
「その服装・・・可愛くないわね」
「服装なんてどうでもいいだろ?」
「そうは行かないわよ!
女の子としての自覚を持って貰わないと」
『どんな顔して女の子やれっつうの』
口を尖らして頬を膨らす。
「わたしの言うこと聞けないんだったら、こうしてやる」
祐輔を押し倒して乱暴に触る。
『痛い!』
「お袋、止めろよ!」
制止したけど図に乗って俺をいたぶる。
「やめないよ〜だ、ウリウリ、どう、痛い?
止めて欲しければわたしの言うことを聞くのね」
「わかったよ、言うこと聞くよ!」
「サイズ計らなくちゃいけないわね」
「恥ずかしいよ」
下を向いて顔を赤くした。
「グズグズしないの、男の子でしょ?」
「いや、今は女の子なんだけど・・・」
強引にTシャツを剥ぎ取られた。まろび出た乳房の大きさに全身真っ赤になる。
なんだか恥ずかしくって、膨らんだ胸を両腕で隠して、この場所から立ち去りたかった。メジャーを持ったお袋に背中を向ける。
「言うことを聞かないと晩ゴハン抜きにするわよ」
「ひきょうもの!!」
振り向いて吐き捨てるように言う。
「何とでも言ったら。この家の生存権は私が握ってるのよ。文句有る・・・?」
そう言って俺の額を小突く。
『祐輔のママってやさしくないのね?』
『この家の女帝で、一番危険な人物だよ!』
『ふぅ〜ん、そうなんだ』
沙希が納得したように頷く。
「もうどうにでもしてくれ!」
「こらっ!
女の子がそんな乱暴な言葉遣いで話したらダメでしょ。まぁいいわ、私が素敵なレディに変身させてあげるね」
「俺はレディになりたくない」
そう言ったら細い首をわしづかみにされた。
「いい、これからは俺って言ったら承知しないわよ。私のこともママって呼ぶのよ!」
目が据わっている。
「えぇーママ! そんなこと言えないよ」
絶叫する。
『あたし、お袋なんて恥ずかしくって言えないわ。ママだったら抵抗ないけど』
『でも言うのは俺だよ』
『あっ!
俺って言った。ママってば! お仕置きだよ』
『沙樹、冗談はやめろよ!』
『えへっ、ごめんね』
『気が狂いそうだよ!』
『どうして・・・?』
『考えても見ろよ!
朝起きたときは男の子だったんだぞ。それから半日しか経ってないのに、女の子になった現状を納得しろって言っても、納得出来ない!』
『そっ〜か、あたしのせいだもんね。祐輔の精神エネルギーがあたしより少なければ、消滅してたわけだし・・・ホントに悪いことをしたなって思ってるのよ』
『反省してるのか?』
しょんぼりして言う沙樹が少し可哀想になる。
『でもね、少しだけ言い訳させて、あたしはあのままだと、病気で死んじゃったかも知れないんだよ。祐輔だって死にたくないでしょ?』
『でも、俺は殺されかけたけど・・・』
『そのことは謝ったじゃないの、祐輔しつこ過ぎ・・・』
『わかったよ、沙樹ゴメンな』
『お詫びに女の子修行のお手伝いするからね』
『あぁ〜ヨロシク頼むよ』
『こちらこそヨロシクね』
しかし、現身世界では、祐輔のサイズを測る事に専念する恵美子。
判明したサイズは、バストが65のDカップ、ウエスト56、ヒップ85だった。
再びTシャツを着込み、自室のベットにうつ伏せに寝転がる。精神的疲れで重くなるまぶた・・・いつの間にか寝息が漏れてくる。
うたた寝をしていると、ドアが開いて恵美子が入ってきた。
手荒く揺り起こされる・・・時計を見ると90分の休息しか与えられていなかった。
「これに着替えなさい」
そう言って俺の目の前に紙袋を差し出す。中を見るとブラジャーとショーツ、それからワンピースが入っている。
それもノーマル系で無く、可愛い子系のランジェリーとワンピース。
「これって・・・・?」
見た途端に頭の中がまっ白になる。
『お袋の奴、俺がうたた寝をしている間に買い物に行ったんだな?』
こういう時の恵美子の行動の素早さは驚異的なものがある。
「早く着替えなさいよ!」
『これを俺が着るのかよ!』
情けなかった・・・人格が崩れていくような気がした。部屋から逃げ出したかったけど、お袋にあらがう勇気が持てない。
男の子だった時は、ピンクにフリフリのレースをあしらったミニワンピースを着た女の子の姿を、可愛いと思って目尻を下げて見つめていた。
それなのに自分が同じ女の子の洋服を着るはめになろうとは・・・人世最大のトホホであった。
しかし今着ているTシャツにジーンズでは、女の子として装いに華やかさが欠けるような気がした。
ワンピースを着たくない気持ちと、一度着てみたい気持ちで心は揺れている。
勇気を振り絞って着替えることにした。
『けっこう素直に着替えるのね?
女の子のお洋服に、もう少し抵抗すると思ったけど・・・』
『抵抗しても最後は着替えさせられるに決まっているからな。これもお袋に対するボランティアみたいなもんだよ!』
『あぁ〜可哀想な祐輔!』
『学園祭のコスプレで女装したと思えば、すこしは気も楽になるかもな』
ブラを着けるときはお袋に手伝って貰う。ブラのカップの中に手を入れられた時は、顔から火が出るほど恥ずかしかった!
脇のお肉もカップの中に納めるなんて知らなかったし・・・全身も真っ赤に染まる。しかし、着けてみると少し窮屈だったけど、胸がしっかりサポートされていい気持ち。
ワンピースを着たときも嫌悪感を感じた。いくら今女の子だと言われてもスカートを穿くというのは、別世界に一歩踏み出す勇気と覚悟が必要だった。
着替え終わって姿見を見る祐輔。
並のアイドルでは太刀打ちの出来ない、あでやかな超美少女の姿がそこにある。しかも周囲の人を魅了するオーラが立ちのぼっている。
背中の中央辺りまで伸びた、光沢のある絹糸のようなサラサラの黒髪。流線型の細い眉。カールされた長い睫毛で、表情に濃淡をつけている二重の大きな目。 けっこう形のいい鼻。すこしふっくらとしている頬。サクランボのような可憐な唇。丸みを帯びたあご。それぞれの部位がこれ以上ない絶妙のバランス感覚で嵌め込まれており、男性は振り向き女性は嫉妬するほどの美少女だった。
冷たく澄ました顔でなく、人なつこい愛くるしい笑顔が似合っている。
しかも、ベットに横たわっていた沙樹のような病的な肌でなく、張りと弾力のあるプリプリの健康的な白い肌。
175cmから163cmに縮んだ身長は、同年代の女の子の平均よりは高かった。65kgから46kgになった体重。鎖骨のくぼみも目立つキレイな首筋。
肩幅も狭くなりDカップに膨らんだバスト。肩から伸びた細い腕と指。56cmの引き締まったウエストと、男の子だった時よりヒップポイントが高くなったキュートなお尻。腕と同様に透き通った肌をしている長い足・・・靴のサイズは23cm。
華奢で柔らかい脂肪に包まれたメリハリのある瑞々しいボディ。
「うぅ〜、似合ってる!」
ピンクハウスのワンピースも見事に着こなしている。
こんな美少女が歩いていたら、男の子ならストーカー行為を行う可能性を秘めていたかも知れない?
自分の彼女にしたいという一途な想いで。
それが自分の体であると事が疎ましい。
白く柔らかい太ももが見えるミニワンピでは下半身が無防備だし、男性に媚びているような感じがする。
「祐輔ってば、これがボクって言ってみて!」
恵美子は 目をキラキラ輝かせている。
『そんなお約束事言えるかよ!』
頬を膨らせた。しかしそんな態度も、女の子が拗ねたような萌の状態であった。祐輔は女の子の武器を無意識の内に使い始めたのだろうか?
それは恵美子を撃沈する強烈な破壊力を備えていた。彼女は床に崩れるように倒れて、手足をピクピクさせている。
『死ぬまでやってろっ!』
心の中で冷たく言い放つ。
自分の体を見下ろすと、やはり最初に胸に手が行く。
『ちょっと、そんなにさわんないでよ!』
沙希は慌てて祐輔を制止しようとした。
『やだねっ、女の子になって唯一の楽しみだもんな、これって!』
『あ〜ん、悔しい!
こんな奴に乗っ取られるなんて』
『でも、最初に乗っ取ったのは沙希の方じゃないか!
その言葉は聞こえないね』
『それはわかってんだけど』
『安心しろよ、エッチな事はしないから・・・』
『ホント?
でも、興味あるんでしょ?』
『まだその気になれないよ』
『あっ!
まだってことは・・・そのうちするってことじゃないのよ!』
『心が男の子だから仕方ないよ。沙樹もわかるだろ?
その辺りのことは・・・』
『わかんない!
だって男の子とお付き合いしたこと無いもん』
沙樹と言い争いをしていると、床に転がっていた物体がムクッと起き上がった・・・恵美子だった。手にはケイタイを持っている。
『回復の早い奴! そのまま寝ていればいいのに』
祐輔にお構いなしで、カメラ付きケイタイを持って祐輔の回りを走り回っている。シャッター音と共に光るフラッシュ。十数枚の写真を写して部屋を出て行く恵美子の姿に嫌な予感を感じる。そっと1階に降りてリビングを覗いて見ると、ソファに座ってメールを送っている。
「ママ、ナニしてるの?」
お仕置きを恐れて言葉遣いに気をつける。
「あらっ、祐輔?
福岡のお父さんにメールしてたのよ」
父親の祐樹は大手総合商社の支店長として、福岡に単身赴任している。本社は九州支店をアジア戦略の重要拠点と位置づけていた。
2006年3月に開港する新北九州空港にも注目している。
開港すれば24時間リアルタイムでアジアから貨物が到着する。人と物流の流れは飛躍的に多くなる。九州山口経済圏の発展に繋がる基盤になるかも知れない。
しかし、祐樹は来年3月に役員として東京本社に異動する予定だった。
福岡の人々の温かい人情に触れ、このまま福岡に残りたい気持ちと、会社員としては当然の本社復帰を望む気持ちで揺れている。
遣り手の有能支店長として地元経済界でも期待されている。
「もしかして、ボクの画像も送った・・・・?」
ケイタイを指さして質問した。『まさか?』・・・そんなことはしないだろうと、甘い考えを持っていた。
「当然よね! 女の子の祐輔って可愛いでしょ?
幸せは家族で分かち合わないと」
最悪の答えが返ってきた。
「頼むからそれだけは止めてくれ!
親父の性格知ってるだろ。明日休みを取って帰ってくるよ!」
「ゴメン! もう送っちゃった」
その言葉を聞いて絶望感に包まれる。
祐樹が娘を欲しがっていることは、親戚中でも有名な話だった。可愛い姪がいると、いつも養女の話を持ちかけていた。撒き餌のプレゼントの数も半端では無かった。だから娘を取られかけた兄弟姉妹からは疎まれていた。女の子を欲しがって祐輔に女装させなかったのが、せめてもの救いだった。
そんな性格の祐樹が、自分の息子が女の子になったことを喜ばない訳が無い。たぶん朝一番の飛行機で帰ってくる!
明日の事を思うと気が重くなる。
恵美子の安易な行動を恨む!
しかし、脳天気な性格は死んでも直らないかも?
『明日の精神的な圧力は相当なものになるな、今日は早く寝て英気を養わっておかないと・・・』
消耗した体力も回復しておかないと、大変なことになる。
食事の後は早めに入浴。
自分の裸体に目の遣り場に困るけど、この際しかたない。気になる胸の重さと股間の頼りなさ、女の子の体であることを思い知らされる。
羞恥心なんてどっかに行っちゃえ!
精神力でカバーだ。
沙樹に女の子の入浴の仕方を教わる。ボディシャンプーを泡立てて体を洗ったときは、男の子だった時のように強く擦って沙樹に怒られた。祐輔もシルクのような白い肌を傷つけたくなかった。シャンプーとリンスも大変だった。このときばかりは長い髪をショートカットにしたい、そう言ったら沙樹は悲しそうにした。
沙樹に言わせると髪は女の命だそうだ・・・おいおい!
いつの時代の話だよ。
腋毛も女の子のエチケットだと言われて剃ることにした。
お風呂もけっこう疲れる、
しかしバスタブに浸かって天国天国。
体を丁寧に拭いて、バスタオルを巻き付ける。けど長い髪の毛の水気をふき取るのはけっこう大変だった。
『女の子の体って面倒だな』
部屋に戻って男の子だった時のパジャマのズボンを穿く。
『ダメだ! ずれる』
足元にはブカブカのズボンがずれ下がっている。
着れる物が無い!
まさか裸で寝る訳にもいかず思案していると、沙樹がある提案をしてきた。
『あのね、柄物のYシャツってある?』
『あるよ、ピンストライプのが・・・』
『それを着て寝ればいいじゃん!』
『下は・・・?』
『ショーツだけだよ』
『それってセクシー過ぎないか?』
しかし結局沙樹の提案をのんだ。
引っ張り出したYシャツは女の子の体にはブカブカだった。でもショーツも隠れるサイズだった。
ミニのネグリジェと思えないことも無い。胸が窮屈だったのでボタンを2個外してみる。Yシャツから見える胸の谷間に色気を感じてドキリとする。
むだ毛の無い長くて綺麗な足。まだ男の子の心を宿している祐輔には刺激が強かった。
明日の対決を胸に秘めてベットに横たわる。
『親父に隙を見せないようにしないと・・・』
そんなことを思いながら目蓋を閉じる祐輔であった。
外は満月の世界、月光の光が野村家の屋根を妖しく照らしている。
上天に君臨していた満月は西に消え去り、東の海より昇る太陽に玉座を明け渡した。
朝になり街は喧噪の賑わいを取り戻し、木々で鳥はさえずり、人々は戦場へと向かう。
精神戦の幕開けを予感しながら目を覚ます。
出窓を開けると、空から降り注ぐ光のシャワー、大気を吹き抜けるさわやかな風、体にみなぎる活力。
『見てろよ親父! 福岡に送り返してやる!』
右手を握りしめて誓う。
まず脳の活性化と体温を高めるために、朝メシだ!
プレーンヨーグルトにブルーベリージャム、バナナが1本。キツネ色に焼けた6枚切りのトーストが2枚。コップに入ったミルクとトマトジュースが2杯。
野菜サラダにパイナップルが2枚。今日もご馳走様、手を合わす。普段と同じなのにゲップが出る。
それをお袋に言ったら、
「あんた、バカじゃないの。女の子の体でそれだけの物を食べたら、お腹壊しちゃうわよ!」
確かに女の子の方が男の子より胃袋が小さい。それは認識していた。でも、用意したのはお袋じゃないか?
だから、昨日までの癖でつい完食してしまった。
でも、たたみ掛けるような説教が始まった。
「そのゴールデンプロポーションを崩したくないでしょ?
お食事は控えめにするのよ!」
『よく言うよ! 成り行き任せで、こんな食事を用意したくせに・・・!』
しかし、怖くて口に出せない。腹ごなしにエアロバイクで調整することにした。
『これから気をつけないと・・・』
いくら元男の子でも食べ過ぎのダイエットはゴメンだった。男の子だったときに、女の子に対して追い求めていた理想の体重があった。
それは女の子になっても受け継がれている。本音を言えば、今の体重は例え1グラムであっても増やしたくない。
なんとか一時間かけて300キロカロリーを消費する。
かいた汗をシャワーで洗い流すと、瑞々しい肌を滑るように転がっていく水滴の玉。火照る肌が冷やされていい気持ちになる。
後は昨日のワンピを着て、リビングのソファで一休み。
その時だった! 玄関の方から声がする。
「おい! 今帰ったぞ!」
『親父の声だ!』
予想よりはるかに早い。
声がすると同時に、リビングのドアが開いたような気がする。
久しぶりに見る祐樹の姿。170cmの身長に77kgの中年太り、髪も徐々に後退して薄くなってきている。でも、顔は年輪を重ねたような渋い二枚目。
しかし、甘い態度は見せられない・・・思わず身構える。
そんなボクの態度にも気づいていないで、女の子になったボクをうれしそうに眺めている。
「おお、これが祐輔か? パパはうれしいぞ! こんな可愛い娘に育ってくれて・・・」
『娘に育った覚えはねーよっ!』
祐樹は祐輔の隣に腰掛け、腕を肩に回す。スキンシップとつもりかも知れないが、はっきり言って鬱陶しい。
「けっこう、巨乳じゃないか」
膨らんだ胸に軽くタッチ。
「バカヤロー!
触るんじゃねーよ。このセクハラ親父が!」
「いいじゃないか、別にへるもんじゃないし、パパは寂しかったんだよ」
そう言って祐輔の柔らかい胸に顔を埋める祐樹。
「コラ! ボクの胸で遊ぶんじゃない!」
目を怒らせる。
会社でもセクハラしてるな・・・?
祐樹が女の子のお尻を触っている姿を想像する。
しかし現実は厳格な支店長として、女子社員達の信頼も厚い。セクハラまがいのことをして羽目を外すのは、クラブのホステス相手の時だけだった。でも、洒脱な会話で笑わせる祐樹はそんなに嫌われる存在ではない。
「お父さん!
娘に対するセクハラは許しませんよ」
親父を睨むお袋。
「祐輔も女の子なんだから、そんな乱暴な言葉遣いしちゃダメでしょ。昨日お約束してくれたよね?」
「べつに・・・そんなこと言った覚え無いけど?」
一方的に宣告されただけだった。それで文句を言ったら惚けられた。
『祐輔のパパとママって掛け合い漫才みたいで面白いよ!
これだったら退屈しないね』
『年中、バカばっかりやってるよ!』
『それでよくお仕事できるね?』
『それがこの二人の怖いところでね、仕事となったら最短の効率で最高の成果をあげるんだ。部下には営業の鬼って呼ばれているらしい・・・』
『でも、そうは見えないけど?』
『これだけ外づらと内づらが違う人間も少ないかもな?』
『あっ、またバカやってるよ』
見れば抱き合ってちゅーしている。
『よくやるよ! いい年して・・・』
やってられないといった風に両手を広げる。
しかし、東京と福岡で離ればなれになっているわけだし、いちゃいちゃするのも仕方ないかも?
25才と21才で結婚して25年経つけど、この15年間はニューヨーク、ロンドン、北京、大阪、福岡と次々に転勤して苦労している。お袋も一緒に付いて行ってやればいいのに、
俺と4才年上の兄貴が幼かったのと、学生時代の友人である里中夏生と10年前に初めた輸入雑貨のお店が忙しい事を理由にして東京に居座ったために祐樹は寂しく単身赴任。
あんな親父だけど少し可哀想になる。
苦労して生活費を稼ぎ出してくれているわけだし、少し優しくしてやるか。
「パパ、お帰りなさい!」
「萌えだ! 萌える〜ぅ!」
大声で叫ぶ祐樹。
『この性格だけは付いていけないな』
そんなことを思っていると、お袋がボクに買い物に行くと言い出した。
「こんな格好で外に出られないよ」
今着ているのは、外では恥ずかしくて着ていられないような、レースをふんだんに使ったワンピースだった。
「そう言うと思って、別に用意してあるのよ」
取り出してきたのは、レモンイエローのノースリーブのブラウスにオフホワイトのキュロットスカート。
「これだったら恥ずかしくないでしょ」
これも恥ずかしいけど、今着ている物よりは、遙かにましな方だった。
これだったら外に出られないことはない!
下着を覗かれる心配をしなくてもいい。裾の広がった半ズボンと思えばいいかも?
「昨日からこれを出してくれればよかったのに」
恨み言の一つも言いたくなる。
「それを着せてみたかったの」
「ボクを玩んだわけだ!」
恵美子の性格の切り替えの素早さには怖いものがある。
やんちゃな面と常識的な面と・・・時々こいつの性格って2重人格かも?
と思うことがある!
「そう言うことよ。時間無いんだから、グズグズ言ってないで早く着替えちゃいなさい!」
親父の奴も、
「そうだよ、女の子になったら、色々身の回りの物をそろえないと・・・」
なんて抜かしている。
バックからお金を取り出して恵美子に渡している。目算で40万ぐらいはありそう?
そしてボクの買い物にリクエスト。
「スカートはミニにしてくれ。お洋服も出来るだけ可愛いのを・・・」
「任せておいて・・・楽しみよね、祐輔のファッションショー」
『ボクをなんだと思ってるんだ・・・ボクは着せ替え人形か? あんたにボクの服装のことをとやかく言って欲しくないな。それに、それだけのお金を女の子の服に注ぎ込むんだったら、パソコンの一台ぐらい買ってくれてもいいだろ・・・?』
しかし、扶養されている身分では、親の要望を拒否出来ない立場がつらい。
しかも恵美子の場合は伝説のレディースで『武蔵野の鬼姫』と恐れられた府中ジャンヌダルク・初代総長だった。現役の頃は武州全域(東京、埼玉)にその雷名は轟いており、
傘下の武州レディース連合は50〜60団体・3000名を超えていた。
もし、
逆らった場合のお仕置きも半端ではない。空手3段、合気道3段の腕前では、たぶん生命活動の危機を迎える。
必殺のかかと落としを喰らって、何度気絶したか判らない。
父の祐樹も茨城県鹿嶋市の出身で、古流剣術・鹿嶋神流免許皆伝、弓道3段の腕前だった。
こんな史上最強の親を持つ身では、抵抗も無駄に終わることだろう?
因みに祐輔は空手初段、合気道初段の腕前だった。
着替え終わって玄関に出てみると、ピンクのスニーカーがおいてある。
外に出る前に細々注意を聞く・・・(がに股にならない、猫背にならないように背筋を伸ばす。出来るだけ女の子の言葉遣いをする)・・・あまりのしつこさに閉口する。
見送る親父の微笑みに悪寒を感じる?
なんだか嫌な予感がする。
その第六感は夕方帰ってきたときに、的中することになる事を予測しておこう。
買い物は渋谷に行くことになった。なんと言っても若者の街だもんね。
自宅のある下北沢から主要幹線道路を通り、マジェスタで道玄坂にある近畿日本ツーリスト近くの駐車場に停める。
近くのけっこう有名な美容室に入る。恵美子はここの常連だった。さっそく顔見知りの美容師が近づいてくる。
「お久しぶりですね、今日はどのようにしましょうか?」
「今日は私じゃないの。娘なんだけど病気で入院していたから、髪をすこしカットして貰いたいの」
いつの間にか病気だったことになっている。
『ウソもいい加減にしろよ!』
ボクが睨んでも知らんぷり、いい根性しているよ!
でも、けっこう見栄っ張りだから、年の離れた妹にされなかっただけでも、いいかもしんない。恵美子にとって、年を誤魔化すぐらい朝メシ前だった。
「娘さんいたんですね。連れてこられるのは、今日が初めてですよね?」
「そうなのよ、この子って変わっているから、今までお家の近くの床屋さんですませていたの。今日も嫌がるのを無理矢理連れてきたのよ」
「へぇ〜そうなんですか?
でも、可愛いですね、お名前はなんっていうんですか?」
見つめられて恥ずかしくなる。
「祐香って言うのよ」
さらりと答える恵美子。
『えっ! 祐香? いつの間に・・・・』
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になる。
実は祐香と言う名前は17年前に遡って決まっていた。妊娠したときに女の子と思いこんだ恵美子は、最初から祐香と名付けることに決めていて、出産を楽しみに大きなお腹をさすっていた。だから産まれてきた子供が男の子だった時の失望感は、想像を絶するモノがあった。
だから祐輔という名前は、投げ遣りで適当に付けられた名前だった。生まれて16年間、祐輔は自分の命名の秘密に気づいていない。
息子が
女の子になったことで、即座に祐香と言う名前が恵美子の記憶の深淵から蘇ってきた。
『元々祐香だったんだから、いいんじゃないの?』
お気楽にそんなことを思う恵美子だった。
でも、そんな理由で改名させられたら、たまったものじゃないな・・・祐香ちゃん可哀想。
皆さん子供の名前は、もっと真剣に考えようね。
『祐香ちゃん?
・・・かわいい名前ね』
『お袋の奴! いつの間に決めたんだ?
ボクに断りも無しに』
『いいじゃないの、祐輔では女の子に似合わないよ』
『でも、ボクの意志はどうなる?
自分の名前ぐらい自分で決めたかったのに』
『どんな名前にしたかったの?』
『アイドルの江夏美穂ちゃんのファンだから、美穂にしたかったのに・・・』
そんな希望は
速攻で却下されるに決まってる。でも、祐輔の発想も、けっこう単純だよね。
全ての意思は恵美子に帰属する・・・野村家の憲法と呼ばれている。
『お袋に文句言っても聞かないし、祐香ってことにして、ここは機嫌を取っておくか・・・』
「ママってば、時間ないんでしょ?
おしゃべりはそれぐらいにしてよ!」
沙樹に教えて貰った女の子らしいフレーズを、オウム返しに喋る。
「あぁ〜そうだったわね」
慌ててお店の人に指示を出す恵美子。けっこうお喋りだから、喋り出したら止まらない時がある。
まず髪を肩胛骨の下の辺りでカット。ホントは肩のところで切りたかったけど、沙樹に恨まれるといけないと思って我慢する。
前髪もサイドをハサミで斜めにカット、美容師の技量の高さに感嘆する。
次は仰向けに寝て洗髪、髪を揉みほぐすように優しくマッサージされると、気持ちよくって眠たくなる。
目を閉じると鼻腔にシャンプーの桃の香りを感じる。なんだか女の子になって香りに敏感になったみたい?
終わるとドライヤーでブロウ。
「美しい髪ね」
自分でもけっこう気に入っている美しい髪なので、誉められると少しうれしくなる。髪を梳かすのが快感になりそう?
嫌だと言ったのに、ママが後ろ髪をピンクのリボンで飾る。
終わって立ち上がろうとしたら、美容師のお姉さんが、
「少しお化粧してみる?」
なんて問い掛けて来る。
『なんだって! お化粧?』
思わず頭の中がフリーズする。
「いいわね、お願いします」
「ママ、やめて!」
目で拒否の意思を露わにする。
「いいでしょ、祐香ちゃんも高校生なんだから、少しはお化粧もしてみないと・・・」
「そうですよ、女子高生はほとんどお化粧をしてますよ」
すでに女子高生として認知され始めた祐香。
『わぁ〜い、お化粧だ!
お化粧だ』
沙樹が手を叩いてはしゃいでいる。
『そんなにはしゃぐなよ、たかが化粧ぐらいで・・・』
『だって、あたし病気だったから、今までお化粧したことないもん。お化粧しているのを見てるだけでも、ウキウキするのよね』
『沙樹って化粧したこと無いんだ』
少し可哀想になる、これからも化粧するチャンスがあるわけじゃないし・・・。
『わかったよ、沙樹のために化粧してみるよ』
『ホント!
うれしい。だから祐香ってすきよ』
『誉めても何も出ないよ』
『うん、いいの・・・お化粧出来るだけでも』
そう言う健気な沙樹の態度に心を打たれる。
『こいつも可哀想な奴、病気で学校にも行ってないし、友達も居ないみたいだな?』
祐香は沙樹の精神的支えになろうと決意した。
すべては沙樹のためだ!
葛藤を抱えながら心でむせび泣く祐香。
「あまり、派手にしないでね」
雰囲気に飲まれてそれしか言えなかった。
「大丈夫よ、プロのテクニックを信じなさい」
ベースはUVカット入りの3色のファンデーションを使って肌色コントロール、ピンク系色白肌に仕上げる。
眉毛は少しカットして、生え際から毛の流れに向かって、ペンシルで色を入れていく。睫毛の生え際もペンシルでラインベースを作って、奥行きに立体感を持たせる。下まぶたも目尻から半分くらいのところまで入れると目が大きく見える。
睫毛をビューラーでカールして、マスカラをダマにならないように、一本一本丁寧に塗っていく。
塗り終わったら乾かない内にコーミング。
アイシャドウは眉弓骨からハイライトを下に向かっていれる。ベースのピンクを下から上に伸ばす。重ね塗りするベースより少し濃いローズピンクを、グラデーションで暈かすようにする。これだけでも目元の雰囲気がずいぶん違う。
チークは頬骨の上から下に向かって、ベースの色より少し濃いオレンジを入れると、顔の輪郭が引き締まって見える。
リップはリップペンシルを使って唇のふくらみの境界線をなぞる。ブラシにピンクの口紅を取り塗っていく。最後はグロスで透明感と立体感を演出する。
「出来たわよ」
美容師の言葉に鏡を見る。
「えぇ〜これがあたし・・・?」
信じられない!
これだったら世界のトップモデルに引けは取らない。
『ボクって可愛いかも・・・?』
自惚れかも知れないけどそう思う?
でも、男の子だったら絶対に言えない言葉だった。
「祐香、可愛いわよ」
ママもご満悦の様子。
美容師さんも満足そうな表情、写真を撮らせて欲しいと言われる。店頭のショーウインドーに飾られるような気がしてホントは嫌だけど、こんな美少女にして貰ったお礼に撮って貰うことにした。
モデルにならないかと誘われたけど、その気にはなれない。
外に出てすこし遅めの昼食。
しかし、朝の反省もあるので、軽くパスタでお茶を濁すことにした。
ボクはカルボナーラを注文する。それなのに、お袋の奴!
見せつけるように、生ハムと子羊のオレンジソース仕立てを食べてるんだよ。
人の気持ちも知らないで、気楽に食事をしている恵美子に怒りを感じる。
『何故、ボクに合わせない! 自分だけいい物を食べて・・・』
それを言ったらお終いだよ。
『でも、許せない!』
食べ物の恨みは怖かった。
最悪のランチタイムが終わると、今度は地獄のお買い物タイムが待っている。祐香の苦悩はなおも続く。
渋谷を連れ回されるのは嫌だと言ったら、渋谷109ビルに連れ込まれる。
「仕方ないわね、ここで全部揃えるわよ」
SHIBUYA 109は渋谷ファッションのランドマーク的存在であり、女の子の間で知らない者はいないと言っても過言ではないだろう。
地下2階から地上8階まであるビルには、テナントとして100以上のショップがある。
まず5階のキュートで可愛い女の子のためのショップに連れ込まれる。
スカートやワンピース、キャミソール、色彩の洪水に目のやり場を失う。
ママはさっそくお店のハウスマヌカンを呼びつけて、ボクの服装についての打ち合わせ。目の前に瞬く間に候補の洋服が5〜6着そろえられる。それを物色していた恵美子は、おもむろに一着のワンピースを取り出す。
「祐香、これなんかどう?」
そのお洋服を見た途端、ボクの目は点になる。
それは胸とウエストのくびれを強調したワンピースだった。スカート部はふわりと広がったミニスカート。しかも裏地に白いレースがふんだんに使ってある。
「こんなもの着れるわけないだろ!」
即座に受け取りを拒否。
しかし、それは甘い!
そんなことが通用する恵美子ではない。
「祐香ちゃん、これが着れないの・・・?」
微笑んでるけど、目で恫喝している。丁寧に言う時の恵美子の恐ろしさは、身に浸みてわかっていた。
『怖っ! 思い切り怒ってるよ』
飢えた狼に襲われた子羊の気持ちになる。
体が竦んで頷くしかなかった。
『大変ね?』
『こうなったら手が付けられないよ!』
『なんだったらあたしが変わってあげてもいいよ、あたしだったら元々女の子だから、全然違和感ないし・・・』
『それもそうだな』
『じゃ〜ここから出してよ』
沙樹の提案を呑みかけた。
しかし、精神バリアを解除しようとしてあることに気づく。精神中枢を明け渡すと言うことは、再び沙希に体を乗っ取られる可能性がある?。
『コラ!
もう少しで騙されるところだった』
無意識の内に 沙希を睨み付ける。
『ナニが・・・・?』
『体を取り返そうと思っただろう?』
『てへっ・・・ばれちゃったか、祐香も案外カンが鋭いのね?』
『ばれちゃったか、じゃねーだろ。危ないところだった』
ほっとして胸を撫で下ろす。
『あたしもかわいいお洋服着てみたいな』
『わかったよ!
沙樹の魂胆はミエミエだよ。ボクにかわいいお洋服を着て見せろ、ってことだろ?』
『そうね、祐香が着るってことは、間接的にあたしが着ることになるもん
。憧れちゃうのよね、ワンピ、キャミにスカート・・・いいだろうなぁ?』
『そういうもんかねぇ〜?』
『そういうもんなのよ、女心って・・・』
『なんか、よくわかんねぇ〜女心って?』
結局、沙樹とママに押し切られた形で試着室に向かう。手には当然例のワンピを持っている。
着替えてすこしビックリ、祐香の魅力を最大限引き出している。綺麗な黒髪と白い肌に映えるワンピ、コントラストの妙というべきか?。
『ダテに年は取ってないな?』
恵美子の鑑識眼の鋭さに脱帽。可愛いのはわかる、しかしまだ外でこんな服装をするのは、こっ恥ずかしい気持ちがある。
でも、試着室の外で待つ恵美子をこれ以上待たせると、またどんな無理難題をふっかけられるか判ったものじゃない。
清水の舞台から飛び降りたつもりで間仕切りのカーテンを開ける。
「ママってば! どう似合う?」
ニッコリ笑って可愛くポーズ。
「祐香! 可愛いわよ。やはり私の娘ね・・・」
笑顔が返ってくる。
『演技もけっこう疲れるな』
心の中で大きなため息が出る。
8階まであるビルの中をくまなく覗いて、ウインドーショッピング。
がに股にならないように背筋を伸ばし足を揃えて歩くのって、けっこう疲れて足が引きつる。女の子の行動はけっこう辛いものがある。
7階のフロアでは、水着まで買わされる。拒否したけど夏休みだと言われて聞き入れて貰えない。
買えば休ませてやると言われて同意することにした。またアメと鞭を使い分けられてしまった。
シンプルなパレオ付のワンピースで勘弁して貰った。
つまらない娘ねって言われても、なんと答えればいいんだ。
やっと解放されて甘いスイートとミルクティにありつく。
疲れると甘い物も欲しくなるね。
オムライスとスイートのお店で、109限定のふんわり感のあるチーズケーキにブルーベリーソースをかけて頂く。
ケーキがこんなに美味しく感じられたことはない。やはり女の子の体だからかな?
マルキューのビルを出たときは、二人の両手に持ちきれないほどの手提げ袋。中身は言わなくてもわかるだろ?。
言って貰いたいかな? ・・・仕方ないな! ワンピースは5枚、ブラウスが8枚、Tシャツ5枚、スカートは10枚・・・すべてミニ! パジャマが3枚、ブラジャーとショーツが8枚づつ、 キャミソールが5枚、水着が1枚、スニーカーが3足、コスメセットとヘアーセットが1式、色とデザインはそちらで勝手に想像してくれ!
『やっと、家に帰れる!』
うれしくて涙が出てきた。
車の後部座席とトランク一杯の買い物。
下北沢の家にたどり着いた時は、すでに午後6時を回っていた。
「ただいま」
しかし、祐樹の声は聞こえない。家は静寂に包まれていた。
『親父の奴どうしたんだ? 急な仕事でも出来て福岡に帰ったのかな? やっかい払い出来てよかった』
ホッとする・・・しかし、それは甘い観測だった。彼は大変な置きみやげをしていた。
祐香は自分の部屋に入って目を見開く、思わず絶叫する。
「何だ! これは・・・」
それは朝起きた部屋の様子ではなかった。完璧に模様替えがされていた。
パステルピンクのカーペット、壁紙も淡いパステル調、出窓のカーテンはレース、オフホワイトの机に置き換わっている。今まで無かったドレッサーも同じオフホワイト。ベットも新品、枕はピンク、ベットカバーはキティちゃんのプリント柄!おまけに
大きなクマのぬいぐるみまで置いてある。
騒ぎを聞きつけて恵美子が上がってきた。
見るなり発した言葉に、祐香はヘナヘナと座り込んだ。
「かわいい! お父さんもけっこうやるわね」
ボクの部屋が女の子らしくなったのに、なんら疑問を感じてない。
『ボクをどうするつもりだ・・・?』
なし崩し的に既成事実を積み上げようとしている、祐樹と恵美子だった。
祐樹を呪わずにはいられない祐香。八つ当たりでぬいぐるみを壁にぶつける。
「元に戻してくれ!」
恵美子に詰め寄る。
「バカなこと言わないで。これにどれだけ元手がかかってると思ってるの?
元に戻せるわけないでしょ!」
この緊急リフォームにかかった費用は100万、家具の買い換えに約20万。全て祐樹の人脈が使われている。リフォームの完成を見て満足そうに羽田空港に向かったのは、二人が帰ってくる一時間前の事だった。しかし、半日で仕上げるとは人間業じゃないな、これって・・・。
「クソ! 親父の奴」
「こら! またそんな汚い言葉を使ってる!
いいかげんにしないと怒るわよ」
「わかったよ」
「これもお父さんの愛情表現の一つだと思って我慢してやんなさい」
こんな歪(いびつ)な愛情表現なんていらないと思う。しかしさらに祐香は追い込まれる。
「あなたには家族の夢を育む義務があるのよ」
「そんな夢は育まなくてもいい・・・」
後頭部に大粒の汗が浮かぶ。
「ねぇー祐香ってば、もう少し女の子らしく出来ないの?」
急にしおらしく問い掛けてくる。
「ムリだよ!
元々男の子だし、そんなに急に女の子らしくなれないよ」
「もちろんタダとは言わないけど・・・」
「何、タダじゃ無い!
その話詳しく聞こうじゃないか・・・話によっては女の子らしくしてもいいよ」
身を乗り出して聞く。
祐香はある目的のために資金を必要としてた。バイトしようとしたのもそのためだった。しかし、そのために女の子になるという最悪の結果を招いたわけだが、発想の転換を図ればある意味でバイトをすることはかなり容易だった。男の子より女の子の方がバイトの需要が多い。それにこれだけ可愛い美少女だったら、ウエートレス、イベントコンパニオンで、高給が望めるかも知れない。
「ホント?」
満面の笑みを浮かべる。
「ホントだよ」
大きく頷いた。
部屋を出て行った恵美子は、再び大きな箱を抱えて戻ってきた。その箱を見た途端ボクはうめき声を上げる。
それは、夢にまで見たS○NYのVAI○ノートのパソコン。しかもPentiumM725の高性能機で、メモリーは512MB、HDは80G、DVDスーパーマルチドライブ搭載など、スペック的にも文句の付けようが無い。(編者注:VAIO type E VGN-E91B/Bと思われる。編者も欲しい)
「これでどう?」
「これをくれるの?」
予想外の展開に驚く祐香。
「そうよ、欲しがっていたでしょ。お小遣いも毎月2万円に増額するけど、どうする?」
上目遣いで祐香を見る恵美子・・・こういうのを買収って言わないかな?
「ただし!
増額の1万円は女の子の身の回りのモノに使うのが条件だけどね」
「わかりました!
女の子らしくさせて頂きます」
顔は喜びで満ち溢れている。
『現金な奴!』
パソコンを見て即座に返事をする娘を、あきれ顔で見る恵美子だった。
欲しがっていたのは間違いないことだし、餌に食らいつくのも仕方ないかも?
「でも、ホントに女の子らしくするんでしょうね?
騙したら承知しないわよ!」
「大丈夫だよ!
どうせ女の子らしくならないと、このパソコン取り上げるくせに・・・」
そんな事を言いながらも、パソコンを箱から出すのを止めない。
「それもそうね。でも今すぐにはムリかもね、半年の修行期間をあげるわ。期限は2年生の新学期までよ!
わかったわね」
「半年もあれば、普通の女の子になれると思うよ・・・たぶんね?」
「それじゃ契約成立ね、お部屋もこのままでいいでしょ?」
「ありがと、ママってば」
その声を聞いて満足そうに部屋を出る恵美子だった。
『こんなことで願いが叶うとは・・・なんだかねぁ』
遙か彼方にあった願望が、女の子になったために簡単に叶ってしまう。なんだか男の子より女の子の方が、エコ贔屓されているような気がする。
『へぇー、欲しかったのはこのパソコンだったの?』
『あぁ〜このパソコンがバイトの目的だったわけだけど、こんなに簡単に手には入っていいのかな?』
仕方ないよ、野村家の親は息子にめちゃくちゃ厳しく、娘には限りなく甘い祐樹と恵美子だもん。
『でも、お約束を破ったら取り上げられちゃうよ』
『なんとかなるよ、半年もあることだし。沙樹も教えてくれるんだろ?
女の子のことを・・・』
『じゃー女の子になったことも、結果オーライてことね』
『そう言えばそうかな?』
『あたしにすこしは感謝してくれてもいいよね?』
『いやっ、これとそれは別だよ』
『祐香の意地っ張り、素直に感謝してるって言えばいいのに!』
『あぁ〜また拗ねちゃったよ』
しかし今は沙樹のことよりパソコンに心が動く。起動させてみると、さすがに立ち上げが早かった。
ISDN回線を使ってインターネットに接続。しかしISDNではイライラするほどアクセスが遅い。ADSLか光ファイバーが欲しいな。
そんなことを思いながらもパソコンに集中する祐香。
次の日から恵美子による女の子教育が始まる。
頭の上に本を載せて歩く姿勢の矯正、スカートに慣れるためのパンツ類の禁止、服装におけるトップとボトムのコーディネート・・・色彩感覚の強化、食事の箸の上げ下ろし、炊事洗濯掃除入浴・・・すべての行動にチェックが入る。夏休み中、祐香の命を削るような特訓は続いた。
「ママってば、少し休ませて!」
疲れて文句を言っても、すべて却下。
「ダメよ!
2学期まであと何日もないんだから・・・」
今日も祐香の悲鳴が聞こえてくる。
もちろん、プールでの水着デビューまで組み込まれていた。やはり、抜け目がないね。
『冗談じゃないわ! こんな水着じゃ萌えないわ。やはり水着って言ったらビキニよね?』
拳を握りしめ、来年に向かって決意を新たにする恵美子だった。
続く♪
【この作品はフィクションです。実在の人物・団体は本作品とは、いっさい関係ありません】
【後書き】 こんな作品を書いて見ました、いかがでしょうか?。前作『西海の微風』と同じようにかなり長くなりそうな感じなので、とりあえず前編として纏めてみました。続編はまだイメージしか頭の中にありませんので、書き上がるのはかなり先になると思います。中編では祐香の初登校や学園生活が中心になります。遅筆なしろいるかですが、必ず完結しますので御寛容くださいね♪
【mk8426後書き】 さあ、しろいるかさんの新作ですよ。今回もまた大作の予感がします。欲に釣られたがために二心同体になってしまった祐香ちゃん(笑)。お約束の両親も相まってこれからの彼女の運命がどうなってしまうのか、非常に楽しみです。
それにつけても、いいPCじゃのう(爆)。
2005.01.19 mk8426