P.F.キャリアー外伝
始まりの刻(とき)
〜前編〜
HIKO
「・・・・うそ・・・?」
洗面所の作りつけの鏡の前で、ひとりの少女が呻いている
年の頃は十代後半、柔らかなウェーブを描くしなやかな黒髪を腰まで伸ばした、完全無欠の美少女と言えるだろう。ややつり眼気味の大きな瞳は、猫科の猛獣を思わせるような気迫に満ち、やや小ぶりの鼻はつんと尖って顔立ちの中で絶妙なアクセントを作り出している。
ぱっと見でも180は下るまい、と言う長身が、ややマイナス要因と言えるかも知れないが、すらりとした身体つきと、そのくせこれでもかとばかりに自己主張している見事なばかりのボディラインは、いわゆる「デカ女」という印象を抱かせない。
そのスーパーモデルもかくやという超美少女は、男もののトランクス一枚という、造形美の神を冒涜するような無惨きわまる格好で、しばし呆然としていたが、やがて気がついたように自らの身体を見下ろし、瞬時に真っ赤になる。
「・・・いくら何でも、このカッコはマズいだろ・・・?」
あわてたようにそばのカゴから洗濯前のYシャツをひったくり、袖を通す。
サイズの合わない男もののシャツを着込んだ彼女の姿は、ある意味さっきまでのあられもない格好よりもさらに凶悪だった。肩口や胴の部分はたっぷり布が余っているのに、胸の部分はきつきつで、さらには乳首がくっきりとテントを張っている。
どんな朴念仁であろうと容易に籠絡できそうなほどの美貌とスタイルを併せもった、その少女の方はというと、着込んだYシャツの布地を犬のように嗅ぎ回して、露骨に顔をしかめている。
「・・・・なんだ、このニオイ? オレこんなに臭かったっけ?」
似合わないこと夥(おびただ)しい色気のない口調で、身もフタもないことを言う。
結局着たシャツをまた脱いでカゴの中に突っこむ。代わりに特大のバスタオルを引き出して、マントのように羽織る。
柱に取り付けた古風な鳩時計が、軽快かつ間抜けな音を立てて午前8時を告げた。いつもなら彼女(?)も出かけなければならない時間だが、今朝ばかりはそれどころではなかった。
冷蔵庫からトマトジュースのパックを取り出して、コップに注ぎ一気にあおる。
青臭さをともなった独特の甘みがのどを抜け、程良い冷たさが渇いたのどに染みとおる。
いつもなら一杯のトマトジュースに至福の喜びを見る彼女だが、今日ばかりはその味にやや苦みの混じったものを感じて、わずかに顔をしかめた。深く、大きく、ため息をつく。
「なんでこんな事になったんだ・・・?」
深刻そのものの口調でつぶやく彼女だったが、当然の事ながら答えなど出てこない。
そしてそんな彼女の懊悩とは無関係に、あらたな人物が登場する。
「勝巳(かつみ)くん、学校に遅刻しますよ。早く行かないと・・・」
決して小さいわけでもない台所の鴨居をくぐるように、ひとりの巨漢が現れた。
身長は優に2メートルを超えるであろう。着込んだシンプルなTシャツの下は、はち切れんばかりに発達した筋肉の鎧に覆われ、無駄な脂肪をいっさい持たない丸太のような腕には筋肉のくぼみがくっきりと描かれている。巨体を支える脚はそれにふさわしく、まさに巨木のようで、歩くだけで山を崩しそうな重量感を覚えさせる。
そして意外にも上に載っている顔はと言えば、男臭い外観とはうらはらに、爽やかそのもののつくりであった。顔の大きさそのものはやや広いものの、すらりととおった鼻筋に意志の強さを感じさせるやや太めの眉、涼しげな瞳にちょこんと載った黒い小さな鼻メガネがコミカルな印象を抱かせる。
そのコミカルな顔に驚きの表情が浮かんだ。
「・・・きみは?」
「あ・・・兄貴・・・その・・・」
少女の声にとまどいが浮かんだ。だが巨漢はそんな声など聞こえなかったようにずかずかと彼女に近づき、手を伸ばす。
ぴろっ。
「・・・へ?」
「ふむ・・・これはなかなか・・・」
太い指先には似合わぬ器用さでバスタオルの両端をつまみ、びらっと広げてみせる。絶句して硬直している少女の顔を完璧に無視して、極上の果実のような乳房を掌中に収める。
・・・・なに気に握力を加えたりなんかして。
「ひにゃああああああっ!?」
未知の感覚に少女がヘンな声を上げる。
「うむ。大きさは極上。張りも柔らかさも申し分ない。これは出物ですねえ」
魚河岸に仕入れに来た寿司屋のような台詞を吐く巨漢に、少女の硬直が解ける。ふつふつとわき上がる怒りのボルテージ。震える声でつぶやく。
「・・・・ひ、人が黙ってりゃ好き勝手なことを・・・」
そこで初めて少女の存在に気づいたように、巨漢は声をあげた。視線は少女の胸から離さずに。
「そう言えばきみは誰です? この家にはぼくと弟の勝巳くんしかいないはずですが?」
台詞そのものはまともだが、この巨漢、顔も上げずに少女のバストに正対して喋っているので、どう見ても胸にむかって誰何(すいか)しているようにしか見えない。相変わらずむにむにと掌の開閉運動を続ける巨漢に、少女の手がゆっくりと動いた。傍らの何かを握りしめる。
「いつまで触ってんだぼけえええええっ!!!」
少女の右手が一閃した。少女の握ったビール瓶が、黒い疾風となって巨漢の頭に炸裂した。華々しい破裂音と夥(おびただ)しい泡があたり一面に飛び散って、巨漢は枯れ葉のように吹っ飛んだ。
かくてこの朝、高校生の少年、丙 勝巳(ひのえ かつみ)の人生は終わりを告げ、少女としての新たな人生を歩み始める事になった。そして丙家の兄弟は、この日より兄妹として自己紹介するハメに陥ったのであった。
☆
「もう一週間かあ・・・。勝巳クン、どーしたんだろう?」
学校にむかう道すがら、大野 誠二(おおの せいじ)はひとりごちた。身長160センチあまりと、最近の高校生にしては小柄な体格、顔だちはと言えば、これまた高校生の男子というのは冗談ではないかと言われるほどの少女顔。じっさい校内のミスター美人大会では二年連続の優勝をさらっている。――出場させられたのも優勝してしまったのも、いたく不本意なことであった――とは、当人の弁だが。
そんな彼が考えているのは、一週間前から突然入院したとして欠席している幼馴染みの少年、丙
勝巳のことである。180センチを優に上回る立派すぎる体格に、勇猛果敢を絵に描いたような熱血系の性格。――そのくせ実は情にもろく流されやすい性格なのを知っているのは学校内では誠二だけだったりする。
そんな象に踏まれても壊れない印象を持つ勝巳が(じっさいに踏まれたら、さすがに無事では済まないだろうが)、突然入院し、面会も許可されないという不可解な事態に陥っている。少しでも彼を知る人間にしてみれば、簡単に納得できることではない。
「真悟兄ィも、はぐらかしてばかりで、肝心なことは言わないし・・・」
見舞いに行かせてくれという誠二に、勝巳の兄である丙
真悟(ひのえ しんご)は意味ありげに笑いながら、こう答えたものだ。
「心配は要りません。一週間もすれば元気に登校できるでしょう。・・・そう、生まれ変わったように元気になってね」
弟が面会を許されないほどの病気(か、怪我か)で入院したのに、何故笑っていられるのか――については、誠二は考えないことにした。もともと常識の範疇に収まる人物ではないことを、彼も骨身にしみて知っていたから。
呼吸する非常識。それが丙 真悟という物体のキャッチフレーズである。(丙
勝巳:談)
――それはともかく、問題の一週間目である。真悟の台詞が一字一句正しいとは限らないが、そろそろ何らかの連絡があってもおかしくない。
ひとつ頭を振って、誠二は鞄を持ち直して駆けだした。
校門は大騒ぎになっていた。黒塗りのリンカーン・コンチネンタルのリムジンが、びったりと横付けに停車し、門を完全に封鎖している。車種からして田舎ヤクザの組長あたりが乗っていそうな異様な存在感に、登校してきた生徒たちも入るに入れず、遠巻きに見つめることしかできない。
フロントガラスからサイドウィンドウ、リアウィンドウにいたるまですべて濃いスモークガラスで覆われ(道交法違反である)、中の様子はうかがえない。窓をノックするたび、クラクションで返事を返してくるので、猛犬に吠えられたようにノックした者はゴキブリのごとく引っ込んでしまう。
リンカーンが停まってから何分たつのか正確には不明だが、実際にはそれほど長い時間ではなかっただろう。だが体感的に何時間も経ったように思っていた人々の表情に、さらなる驚愕の表情が浮かんだ。運転席のドアが開き、喪服のように真っ黒のスーツを着込んだ、威風堂々とした巨漢が降り立ったからである。
「・・・・・・・・・・・」
ガーゴイルのサングラス(色は真っ黒)をかけた巨漢の双眸が、2メートルもの高さから人々を睥睨した。びくっとなって、人垣の円が一回り広がる。巨漢は興味をなくしたようにドアを閉じ、反対側のリアドアに歩き出した。一歩進むごとに地響きを感じたと、後になって証言した人間が多かったとか。
体格に合わせて作られたと思しき特注品のスーツは、巨漢の並はずれた筋肉を品良く包み、冗談のように太く長い二本の脚を、しわひとつない漆黒のスラックスが形良く覆っている。サングラスも黒、スーツも黒、Yシャツからネクタイに至るまで黒ずくめで、おまけに靴や靴下まで黒という、何かの冗談としか思えないファッションだが、だれも突っ込めない。――まあ、無理もないところであろう。常識的な人間なら、ビビって当然のシュチュエーションと言える。
だが、世の中には「例外」という言葉が存在する。のっしのっしと後部席に歩み寄った巨漢に、漆黒の鉄板が襲いかかった。
ぐしゃ! ばりんっ!!
ドアの留金が鳴ったかと思うと、解き放った矢のような勢いでドアが開き、ちょうど中を伺うために身を屈めた巨漢の顔面に叩きつけられた。鈍い音を立ててウィンドウが砕け、窓枠に顔を突っこんだ巨漢にさらなる打撃が加わる。
ばこっ!!
プリーツスカートに包まれた長い脚がひらめき、ドアに強力なケリが打ち込まれる。堅牢なリムジンの後部ドアがヒンジのところからちぎれ飛び、巨漢ごと吹っ飛んだ。
巨漢はドアと一緒に珍妙な転がり方をしながら、電柱わきのゴミ置き場に突っこんだ。爆弾が破裂したように生ゴミを吹き飛ばして沈黙する。飛んだ空き缶が(燃えるゴミの日に出すんじゃない!)からーんと音を立てて落ち、その音にはっとなった人々は、あらためてもう一人の人物を見つめた。
ドアを失ってがら空きになった後部席から、一人の女生徒が降り立った。
身長は180を超えているだろう。女子としては異例なまでの長身に、バランスを取るように豊満なバスト。ただ他の部分はスレンダーで、いわゆるモデル体型ではないが、血気盛んな男子生徒にとっても、スタイルの気になる女生徒にとっても、思わずため息の出るような魅力的な肢体である。
顔の方も文句なしの美人顔と言って良い。艶のある黒髪を頭の後ろでひとつにまとめ、大人っぽい雰囲気を漂わせているが、顔そのものの造作はむしろ童顔の方なので、そのあたりのアンバランスさが不思議な魅力となって、彼女の存在をより際立たせている。
その美少女は猫のように大きくツリ眼気味の瞳に怒気をたぎらせ、一歩ごとに靴あとを地面に残しそうな歩き方で、巨漢の方に進んでいく。そして、沈黙している巨漢の前に立ちはだかり、その唇を開いた。
「いつまで寝てやがんだ、このウドの大木が!」
可憐な外見に似合わぬ荒々しい口調だった。しかも妙にそれが板に付いている。怒鳴られた巨漢の方はというと、何事もなかったように起きあがり、ドアの残骸を張りぼてのように投げ捨てると、悠然と身繕いをしながら応えたものだ。
「痛いじゃないですか。こぶができたらどうするんですか?」
「やかましい!! 校門に着いてから長々と遊びやがって、遅刻しちまうだろーが!!」
「良いじゃないですか。きみの学校に来るなんて初めてですし、やはり最初が肝心ってことで・・・」
「つかみはOK、とでも言わすつもりか、この非常識物質!!」
「・・・ネタが古いですよ、カツミくん」
「どやかましいっ!!!」
ドアの残骸を振り上げて、これでもかとめった打ちする少女(なに気に顔が赤い)の姿に、校門前の一同は一気に引いた。関わり合いはごめんだとばかりに、わらわらとリムジンを乗り越えて校舎に入っていく。
校門前になにかを打ち続ける奇怪な物音が、長く続いた。
「はあっ・・・・はあっ・・・。くそっ、パワー落ちちまってるな、さすがに・・・」
誰もいなくなった校門前で、少女は荒い息を吐いてへたり込んだ。頭が見えなくなるまで打ち込んだところに、ぼこぼこになった残骸を叩きつけて座り込む。
「この程度でバテちまうなんて・・・まったく情けない・・・」
「いやあ、女の子にしては大したもんだと思いますがねえ」
叩きのめしたはずの巨漢が、にゅっと目前に現れた。怪我も汚れもまったくない、まっさらの状態で。
「なっ!?」
あわてて立ち上がり、尻に敷いていた残骸をひっくり返して確認する少女。
穴だけが残っていた。
「こっ、この妖怪野郎が・・・」
「真悟兄ィじゃない。何してんの、こんなとこで?」
わなわなと震えながら呟く少女の背後から、おっとりとした感じの少年の声が聞こえてきた。巨漢――丙
真悟が何事もなかったように返事を返す。
「おや、誠二くんじゃないですか。おはようございます」
「相変わらず律儀だね、真悟兄ィ。・・・その娘(こ)は誰? 知り合い?」
背後に、疲れた様子でたたずんでいる少女に気づいた誠二は、真悟に訊いてみた。いきなり本人に誰何するのも無粋と考えたからだが、少女はびくんっ、と反応すると、おずおずと少年の方に顔を向けた。
「・・・・・セージ・・・・」
「え? なにか言った?」
あまりの小声にうまく聞き取れず、聞き返す誠二。
ふたりの視線が交錯する。時間が停止した。
――な、なんでどきどきしてんだよ? 見慣れたセージの顔なのに・・・。
――こ、この娘は・・・! 夢のあのコにそっくりだ。幼い頃のあの夢の・・・。
「・・・きみは・・・?」
「兄貴! 行くよ!」
誠二の質問をあえて無視するように、少女は悠然と腕を組んでいた真悟の手を取ると、猛然と駆けだした。まるでバッタのようにリムジンを踏み越えて、あっという間に校舎へと消えていく。
「兄貴・・・? まさか・・・勝巳くん?」
誠二は愕然とした表情で、少女の消えた校門を見つめた。門限を知らせるチャイムが鳴り響く中、少年の影はしばらく動く気配を見せなかった。
☆
丙 香津魅(ひのえ かつみ)。
名前の書かれた黒板の前で、貧相な感じの中年教師が説明をしている。
「・・・ですから、このクラスの仲間だった丙
勝巳くんが、転地治療で休校する事になりました。残念なことですが、代わりにあらたな仲間がこのクラスに加わります。
丙 香津魅くん。彼女は勝巳くんの従妹(いとこ)にあたります。仲良くしてあげてくださいね」
長身の少女――香津魅は、仏頂面のまま「・・・よろしく」と、素っ気ないあいさつを交わしただけで、となりで説明している担任教師の説明を、われ関せずとばかりに聞き流している。
女子としては異例なまでな長身とそれに見合うような見事なスタイル(お尻はちょっぴり小さいが)。ツヤのある黒髪を大人っぽくまとめ、それでいて顔は童顔――というか、可愛い系となると、素材としてはこの上ない極上品であるはずなのだが、生徒のほとんどが猛り狂う香津魅の醜態を目撃しているので、視線はどうしても冷ややかなものにならざるを得ない。
香津魅自身も愛嬌を振りまくことに何の興味もないようで、盛り上がるはずの「美少女転校生のイベント」は、なし崩し的に終了し、そのまま退屈な日常へと移行して行くかと思われたその時――
「すみません、遅刻しまして・・・」
「大野くんですか。遅刻はいけませんよ、遅刻は。きみ今月に入って3回目でしょう。一日欠席と見なしますからね」
「そんな殺生な・・・あれ?」
誠二は、教壇の前で佇んでいる見慣れぬ美少女にいま初めて気づいたように声を上げた。
「ほら、早く来ないからもう一度紹介する羽目になるじゃないですか。彼女は・・・」
「香津魅くん・・・カッチンじゃないか?」
「え・・・? セージ?」
「ひさしぶりだなあ。元気してた?」
聞いたこともないような愛称で話しかけてくる誠二に、香津魅は困惑した。だがそんな彼女の表情を無視するように、誠二はなおも話しかける。
「さっき真悟兄ィに会ったよ。ふざけすぎて悪かったって謝ってた。全く困ったもんだよね、いろいろあって疲れてるカッチンに、変なプレッシャーかけたりして。おとなしいきみがあんなに怒ったんだから、よっぽど腹に据えかねたんだろうね?」
「いや・・・あの・・・?」
「でも、あんまりやりすぎると、きみのためにも良くないよ。まあ真悟兄ィは殺したって死んでくれる人じゃないから、別に気にする必要はないけどね」
そう言って、クラスの生徒たちを一瞥する。硬い表情だった彼らも、顔を見合わせて納得したようにうなずいている。頃合い良しと見た誠二は、クラス全員に向かって声を上げた。
「みんな。ぼくのもうひとりの幼なじみの丙
香津魅くんだよ。口はむちゃくちゃ悪いけど、良い娘だから、仲良くしてあげてよね」
誠二のその声に、教室中が沸騰した。当の香津魅の困惑顔など無視して「よろしく〜」やら「ぜひうちのクラブに」やら「お姉さま〜」など、なにやら危ない発言を含む、奇妙な盛り上がりを見せた。
数刻前とはうって変わったような騒ぎの中、「転校生の歓迎」を受ける香津魅は、諦めたように深々と溜息をついた後、皆に応えてこう言った。
「・・・・よろしく」
「・・・で? 話を聞こうじゃねえか。いったい何なんだ、『カッチン』ってのは?」
つつがなく授業も進み、自習になったのを幸いに、香津魅は誠二を無理矢理教室から引きずり出した。未使用中の生徒指導室に入り、鍵をかける。そして、困惑顔の誠二に、噛みつかんばかりの勢いで詰問する香津魅であった。
「カッチンじゃ気に入らない? じゃ、カーちゃん。・・・母親みたいだな?」
「そーゆーこと言ってんじゃねえっ! なにが『おとなしいきみ』だ! 脳みそにウジでも湧いたのかてめー!!」
べらんめえ口調でぽんぽんとやっつけるあたりは、いっそ気持ちいいくらいだが、当人にしてみれば笑い事ではない。なおも口を開こうとした香津魅だが、ふと何かに気づいたように口をつぐみ、しげしげと誠二の顔を見つめる。
「・・・・・・・・・」
「な・・・なに? カツミくん? ぼくの顔に何かついてる?」
「おめー・・・セージじゃねえな?」
「おや?」
誠二(?)の口調が一変した。女顔に見合ったような『紅顔の美少年』そのものの口調から、『厚顔の偉丈夫』(別名:呼吸する非常識)の声と口調に変化したのである。
「・・・・兄貴か?」
「ご明察。なかなかの眼力ですねえ、カツミくん」
いつもより50センチは低い視線からぬけぬけと言ってみせる誠二(の姿をした真悟)。二メートルを優に超えている体格の真悟が、160センチあまりしかない誠二の姿に化けて涼しい顔をしている。彼の非常識に慣れている(つもりの)香津魅だったが、さすがに言葉が出ない。
「・・・・兄貴。あんたホントに人間か?」
「当然です。ぼくは正真正銘、100%、混じりけなしの人間ですとも」
堂々と胸を張ってみせるニセ誠二に、香津魅はじっさいに頭を抱えてうずくまってしまった。
「おや? 頭痛がいたいんですか? 身体には気を付けないとあとで後悔すると何度も言ったじゃないですか」
「・・・言いたいことはそれだけか?」
言うなり香津魅は木刀を握りしめてニセ誠二の横っ面に叩きつけた。たまらず吹っ飛んで壁に激突する。
どこから出したのやら、香津魅の手には素振りに使用する、刀身の太い木刀が握られている。かの剣豪宮本武蔵が、宿敵佐々木小次郎と戦った際に使用したという、舟のかいを削って作られた得物のような、破壊力抜群の代物である。――柄にはなぜか下手くそな書体で「風林火山」の四文字が彫り込まれているが・・・。
――ヒマ人はどこにもいるものだ・・・。
「だいたい! てめーが! 朝から! 要らん事してるから! だろーが! オレの頭が痛いのは!」
一声あげるごとに木刀を叩き込む。そこに、おずおずと言った感じの声がかけられた。
「えーと・・・、勝巳くん・・・だよね? 止めてくれないかなあ? 自分と同じ顔の人間が殴られてるってのは、良い気持ちがしないから・・・」
「くぬ! ・・・って、・・・・・・え?」
おもわず我に返った香津魅の視線の先には、いま殴っている少年と寸分違わぬ姿の少年が、困ったような顔で立っている。
大野誠二(本物)であった。
「せ・・・セージ? 何時からここに?」
震える声でそう尋ねる香津魅に、誠二は指先で鼻頭をぽりぽりと掻きながら答えたものである。
「はじめからいたんだけど・・・。ぼくって、そんなにかげが薄いかなあ?」
「うそ・・・?」
から〜ん、と血まみれの木刀を取り落とし、香津魅は数歩後ずさった。みるみる彼女の顔が紅潮していく。
――ま、まただ。さっきの兄貴と同じ顔なのに、なんでセージの顔を見るだけで、こんなに胸がドキドキするんだ・・・?
いまだ正体不明の動悸にさいなまれ、香津魅は一歩、また一歩と誠二から遠ざかっていく。誠二は、そんな彼女の仕草に訝りながらも、声をかけた。
「だいたいのことは真悟兄ィから聞いたよ。大変だったね、勝巳――香津魅くんだったね?」
優しく声をかけてくる誠二に、香津魅の動悸はさらに大きくなっていく。ちくん、と胸の奥が痛んだ気がして、反射的に香津魅は身を翻した。がちゃがちゃともどかしげに鍵を開け、一気に廊下へ飛び出す。
「あっ、勝・・香津魅くん!?」
香津魅は止まらなかった。授業中だというのに、廊下を大きな音を立てて走り去っていく。廊下に出て、彼女の後ろ姿を呆然と見送りながら、誠二は困惑した思いを抱いた。
「どうしたんだ、香津魅くんは・・・?」
「照れているのでしょう。微笑ましいものです」
「真悟兄ィ、なに冗談言ってる・・・・ん・・だ?」
きわめて普通に話しかけてくる真悟に、いつものように軽く返しかけた誠二だったが、振り向いて絶句した。
そこには今まで殴られていた、自分と同じ姿をした少年の姿はなく、はち切れんばかりの筋肉に覆われた、威風堂々とした巨漢の姿があったからだ。よくよく見ると、彼の足下には血で汚れた皮のようなものが、ずたずたに引き裂かれて散らばっていたが、それの正体が何であるか、誠二には確かめる勇気を持てなかった。
「どうかしましたか? ぼくの顔になにか付いていますか?」
「・・・・・・・なんでもない」
襲ってくるめまいと頭痛を振り払いつつ、なんとか言葉を返す誠二である。
遠ざかっていく香津魅の足音に、チャイムの音が重なった。たちまちわき起こる喧噪に、ふたりの存在もまた埋もれていく。
丙 香津魅と大野
誠二。ふたりの出会いはこんな一日から始まった。
続く
こんにちは、HIKOでございます。
もともと短編のつもりで書き始めたものですが、mk8426さんの要望により、投稿することにしました。で、書き進めたものの、・・・・・なかなか進まない。
いつまでも中途半端のまま死蔵しておくのも、なんだかもったいない気がしたのでいったん切って前編として発表することにしました。
mk8426さん、半端でゴメンナサイ。なるべく早く続きを書きますから、勘弁して〜(涙)
感想待ってます♪ HIKO
ども、mk8426です。HIKOさん、どうもありがとうございます。
さてここまで読んで下さったみなさん、「外伝」とあるのを見て、「じゃあ、本編はどこにあるんだ?」と思われたことでしょう。
本編は確かに存在します(まだ完結してませんが)。
でも、ここ(mk8426のサイト)にはありません。
では、どこにあるのか。
答えは・・・
ここです。ちょっと前の作品なので、過去目録の方で探してみてくださいね。
それでは、みなさん、感想など、お願いしますね。
2002.07.31 mk8426