春奈のリターンマッチ:第4章
作: しろいるか
2学期になってもまだ残暑はきびしい。 この暑さはいつまで続くんだろうとうんざりするような暑さだった。
「ただいまぁ〜。」 春奈は学校から帰って来た。
ドアを開けて居間に入っていくと珍しくパパが本を読んでいる。
「あら、パパ帰っていたの。 こんな時間に帰ってるなんて珍しいわね。」
「あぁ〜大きな裁判もやっと終わったから後は事務所の連中に任せて帰って来た。」
「そうなの、パパのお仕事って大変だもの。 でも、健康には気をつけてね。」
雅昭は3代続く比較的大きな法律事務所を経営している。 年も45才で働き盛りなのだ。
弁護士も10人ぐらいいてその他のスタップを入れると30人は超えるだろう。
事務所は公判部と会社の顧問として活気あふれる活動をしている。
最近は特許がらみで色々な会社の法務部との付き合いを増やしていた。
雅昭は少し事務所を拡充して新たに特許部を新設して専従のスタッフを置いてみたいと思っている。
そのためには何人かを特許訴訟の先進国のアメリカに勉強のために半年ぐらい派遣したいと思っていた。
事務所の経営は安定しているが将来の特許訴訟のノウハウを手に入れたい。
そのためにはアメリカの法律事務所との提携も選択肢として考えなければいけないのかも知れない。
東京弁護士会でも雅昭はやり手として名が通っている。
経歴も十数年を検事として東京地検の特捜部で過ごし数ある難事件を解決して来た。
そして検事を退官して弁護士になって父の事務所に入った。
裁判でその手腕を発揮して検察や警察に太いパイプのある人物として次々に会社と顧問契約を結んでいった。
3年前からは父の後を継いで経営にも携わって来た。
「春奈、そこへ座りなさい。 少し話さないか。」 雅昭は部屋から出て行こうとした春奈を呼び止めた。
「いいけど何なのよ?。」 座りながら訊ねた。
「まぁぁ、聞きなさい。 春奈は将来の事をどう思っているんだ?。 私としては春奈に跡を継いで貰いたい。
弁護士になる気はないのか?。」
「パパ、御免なさ〜い!あたし弁護士になれるような頭してないの。 大学の法学部なんて入れないわ。」
「まだ間に合うよ。 今から勉強をすればいいじゃ〜ないか。」 雅昭は笑った。
「あたしはダメよ。 夏海に期待してぇ。」
パパの気持ちはうれしかったが無理に勉強をする気にもなれなかった。
夏海は成績もトップクラスで真面目だから弁護士に向いていると思っている。
自分は弁護士のような頭脳労働よりも体を使った肉体労働が向いている。
「では将来の事はどうするつもりだ。」 雅昭は春奈の事を心配した。
「まだ考えてないけど、あたし看護婦になってもいいかなって思ったこともあるのよ。」
「どうして看護婦なんだ?。」
「だって、あたしは事故で死ぬ所を助けられたのよ!。
だったら事故や病気で苦しんでいる人の手助けになってもいいのかなって思ってるの。」
「春奈がそう思っているのならパパはもう何にも言わないよ。 しっかり自分で考えなさい。」
雅昭の教育理念は自主主義だ。 基本的な重要な所は押さえるが後は本人に任せている。
自分の人生だから自分で決めなさい。 娘の意思は最大限尊重する。 それが雅昭の考えだ。
「パパ、ありがとね。 将来の事も考えて見るわ。」
「ところで明日の土曜日は午後予定は何かあるのか?。」
「別に何にもないわよ。」
「それでは午後パパに付き合って貰おうかな。 ランチでも一緒にどうだ!。」
「いいけど夏海も一緒でしょ〜。」
「いや夏海は何か用事があるらしい。 食事の後は買い物に付き合うよ。」
「パパ!何か買ってくれるの?。 わぁ〜うれしいなぁ〜。 明日事務所に行けばいいのね。」
「1時に事務所で待っているよ。」
何か買って貰えると思って喜んでいる春奈を見て雅昭はやさしく微笑んだ。
次の日に春奈は渋谷の道玄坂にある事務所の扉を開けた。
表には看板がかかっていて<朝倉法律事務所>と書いてある。
「こんにちは。」
「あっ、お嬢さんいらしゃい!。」 パパの秘書で顔なじみの藤井真由美が笑顔で出迎えてくれた。
有能な女性でパソコンを使って過去の判例を検索していた。
「真由美さんこんにちは。 パパいますぅ〜。」
「先生、お嬢さんがいらしゃいましたよぉ〜。」
「仕事が終わるまで少し待ってくれ。」
ソファーに座って待っていると真由美さんが紅茶とクッキーを出してくれた。
「はい、先生のお気に入りのアッサムよ。 少しブランデーを入れると香りがいいの。 でもこれは内緒よ。」
真由美さんが小さい声で人差し指を唇に当てて言った。
「わかったわ。 ありがとね。」 春奈も小さい声で答えてウインクした。 初めてのブランデーティーの香りを楽しんだ。
「ふぅ〜ん、こんな紅茶の楽しみ方もあるのね。」 と思っていたらパパが出てきた。
「待たせたな、行こうか。」
「あたしお腹ペコペコよ!パパ早く行こう〜よ。」
「わかったよ。 でも、そんなに慌てないでもいいだろう。」
「いいですね。 今日はお嬢さんとデートですか。 あたしも先生みたいなお父さんが欲しいなぁ〜。」
「真由美君、からかうんじゃないよ。 君も早く彼氏を見つけるんだな。 後はよろしく頼むよ。」
「は〜い、いってらっしゃい。 お嬢さんまた来てね。」 笑いながら明るく見送ってくれた。
「パパ、真由美さんっていい人ね。」
「そうだな美人だし仕事も出来るからな。 パパも彼女がいないと困るよ。」
「あたしも真由美さんみたいになりたいなぁ。」
「春奈、人に認めて貰おうと思ってるんだったら人一倍努力しないといけないよ。」
「わかったわ。 あたしも頑張ってみるね。」
事務所を出て渋谷駅前から区役所の方に歩いて公園通りのイタリアンレストランに入った。
すべて無添加無農薬の野菜を使った本格的イタリアン。
2人は前菜、サラダ、パスタ、ピザ、紅茶の特選ランチを注文した。
テーブルに並べられた料理を楽しみながらパパとお話をした。
日頃ママとは結構お話をしているけどパパとは最近お話してないなって思ってると、
レストランに入って来た2人の人物によって楽しい団欒の時間が破られた。
2人は春奈達のテーブルに近寄って口を開いた。
「お楽しみの所申し訳ありませんがあなたとこの娘はどう言う関係でしょうか?。」
「どう言うことかね?。」 パパが怪訝そうに聞いた。
「私達は渋谷署の少年課のものです。 最近、援助交際が流行っていて不純異性交遊をする者が多いのです。
この子の服装がいかにもコギャルっぽくって中年男性と居るので声をかけさせて貰いました。
もし援助交際なら都の青少年育成条例に抵触します。 一言忠告しておきます。」
雅昭は見る見るうちに顔を真っ赤にして語気も強く刑事に向かって言い放った。
「そんなことは君達に聞かなくてもわかっている!。 この子は私の娘だ!娘と食事をするのに何の差し障りがある。
それに他人の君達に娘の服装をとやかく言って貰わなくてもいい!。」
「娘さんでしたか。 大変失礼な事を言ってしまいました。 あまりにもコギャルみたいな格好なので間違えました。
お許しください。」
「わかればいい!私も娘の服装をいいとは思ってないがそれを決めるのは娘だ!。
それと私は娘の名誉を傷つけた君達を許せないとは思ってるが事を荒立てるのも大人げない。
そこで君達に娘に謝罪して貰いたい!。 それでケリをつけようじゃないかね。」
「わかりました。 謝ればよろしいのですね。」
「そうしてくれれば私もこの事は忘れてもいいと思っている。
君達も渋谷署の人間だったら私の顔や名前ぐらい見知ってるだろうな?。」
「いえ、存じ上げておりません。」
「私は弁護士の朝倉雅昭だ。 この機会に見知っておきなさい。」
「えぇ〜あの朝倉先生ですか?!。 大変失礼しました。」
刑事はビックリして頭を下げて来た。 相手があの有名な豪腕弁護士として名を馳せている朝倉雅昭だ。
東京弁護士会でも中心的役割を担っている朝倉法律事務所の代表である。
その娘の名誉を傷つけた思うと額から汗が出てきた。
「署長の結城君は大学の同期で親友でもある。 だが今日の事は彼に告げるつもりはないから安心したまえ。
君達も職務に熱中して起こした事だから娘に謝ってくれれば以後それを咎めようとは思っていないよ。」
刑事達は春奈の方に向き直って頭を下げて謝って来た。
「ごめんね。 私達の配慮が足らなかったために君を傷つけてしまった。 許してくれないか。」
「もういいです。 あたしがこんな格好をしていたために間違われちゃったのね。
でも、あたしはこの服装が好きなの。 これからは外見だけで判断しないでくださいね。」
「ありがとう。 もしこの近辺で困った事が起きたら遠慮せずに私達に気軽に相談してくれればいいよ。」
「私達の名前を言っておくよ。 少年課の佐々木と新田だ。 見かけたら声をかけて欲しいね。」
「わかりました。 もうあたしのことは気にせずにお仕事頑張ってくださいね。」 春奈は刑事達に微笑んだ。
2人の刑事は春奈と言葉を交わして爽やかで優しい娘だと思って好感を持った。
「朝倉先生、今日は大変申し訳ありませんでした。 では、失礼します。」
刑事達はもう一度春奈達に深々と頭を下げてレストランから出ていった。
刑事達が出て行くのを目で追って、少し気持ちを落ち着かせてパパに謝った。
「パパ迷惑ばかりかけてごめんねぇ。」
「いいよ。 パパは春奈の事を信じてるからね。」
雅昭は春奈がそんな援助交際に走るような娘ではないと堅く信じていた。
確かに姿はコギャルっぽくて、髪も染めて服装は乱れているけどそれは外見だけだ。
精神的に内面がしっかりしていれば後は春奈の自由にすればいい。
雅昭は春奈との世代間及び男女の価値観の差を認識していた。 だから自分の価値観を押しつけるつもりもない。
高校生活を自由で明るく過ごして青春を楽しんで欲しいと思っている。
「パパ!あたしね、欲しい物がある時は由紀夫だった時からバイトでためたお金で買ってたんだよ。
あの事故を起こしちゃったバイクだってそうして買ったのよ。 そんなあたしが援交なんてするはずがないわ。」
「そうだったな。 でも、欲しい物があったらまず私に言いなさい。」
「言ってもいいのぉ?。」 春奈は雅昭に聞いてみた。
「あぁ〜すべてをかなえてやる事は出来ないがたまにはいいだろう。」
「でも、夏海もいるんだよぅ〜。」
「夏海は17年も女の子として生活をして来ている。 その間で応分なものは買い与えているつもりだ。
それに比べて春奈は女の子になってまだ1年しか経っていない。 少しは別枠があってもいいだろう。」
「でも、夏海に悪いわ。」 春奈は夏海の事を気にした。
少しは反発した時期もあったが最近はまた以前のように仲がよくなった。
春奈の服装は相変わらずだったが、夏海が争いに疲れて前ほど服装のことを言わなくなった。
服装以外だと2人に争う要素はない。 自然と以前のようにまた仲のいい姉妹に戻っていった。
「春奈、そんなに夏海の事が気にかかるなら春奈に何か買うときは夏海にも買ってやろう。」
「本当!パパありがとう。」 春奈は目を輝かした雅昭を見た。
「2人は本当に仲がいいんだな。」
雅昭はそう言ってうまそうにタバコを吸った。 春奈はこのタバコの臭いが苦手だった。
男の子だった時には全然気にならなかった臭いも女の子になって微かな臭いにも気づくようになって行った。
特にタバコの臭いが髪に付くのを嫌った。
パパにタバコを止めてとは言えないが健康には気をつけて欲しいと願っている。
「パパ、それとねあたし女の子になって得したなって思ってる事があるのよ。 何だと思う。」
「へぇ〜それはなんだい?。」
「それはね、デートでお金を払わなくててもいいことかなぁ。 由紀夫だった時は逆に払っていたんだよ。
なんか得した気分になちゃうのよね。 もちろん!可愛いお洋服は着れるしパパには可愛がって貰えるもん。」
「由紀夫だった時は可愛がってなかったか?。 私は由紀夫と夏海を差別した事などなかったはずだが?。」
「それはそうだけど女の子の方が色々買って貰えちゃうから得した気分なのよ。」
「でも、逆に女の子になって損したって思ってる事はないのかい?。」
「それはあるわよ。 あまり男の人には言えないけどパパだからいいかも。
第1にアレね!体は重たくて鬱陶しくて気分がすぐれないの。 それから体が思うように動かないしね。
これは女の子って言うかぁ夏海の運動神経が少し悪いのかも知れないけど。
あっ、パパ!夏海にこの事を言っちゃあ〜ダメだよ。 すこし走ると息は上がって体が痛くなって来るの。
朝ジョギングして体を慣らしてある程度動けるようになるまで2・3ヶ月もかかったのよ。
それでも由紀夫だった時の半分ぐらいしか動けないの。
最後は短いスカートを穿いてるせいかも知れないけど早く歩けないし、男の人の目を気にしないといけないの。
階段を上がる時って大変よ!。」
「それだったら夏海みたいにもう少しスカートを長くしたらどうだ。」
「そう思うんだけどつい短くしちゃうのよね。」 小首を傾けて雅昭の方を見る。
「どうしてかな?。 パパもコギャルみたいな格好はあまり感心しないけど春奈はどう思っているんだ。」
「あたしってこの格好が好きなのよ。 それと最近思ってるんだけどあたしの頭の中が男の子から女の子に
チャンネルが切り替わちゃったのかも知れないなぁ〜。」
「どう言う事なんだ?。」 雅昭の問いに春奈は少しうつむいて答えた。
「女の子になって学校に行きだしたんだけど最初はそれを演じていたの。
外見は女の子でも心はまだ由紀夫だったのよ。 性的興味もまだまだ女の子に向いていたの。
それが10月の初めだったかなぁ?初めてアレになって心の中を占めていた男の子だった時の感覚が
少しずつ変化して女の子の感情が芽生えて行ったの。 たぶん女性ホルモンが脳に回り始めたのよ。
だから今では心の中を占めているのは春奈だけなの。 好みもすっかり変わっちゃったしね。」
「そうだな。 いまではすっかり女の子らしくなって仕草も可愛いよ。」
「お庭のお花も可愛いって思えるようになったし、甘い物に対して歯止めが利かなくなっちゃったの。
友華達とお話するのも楽しいわ。 それに素敵な彼も出来たもの。」
春奈の意識が女の子になってずいぶん嗜好も変わっていった。
由紀夫だった時はバイクに熱中してテレビを見る時もサッカーや野球にしか興味がなかった。
春奈になってドラマや映画のワンシーンを見て感動して涙を流すこともある。
友華達とおしゃべりを楽しむときも話す事と言えばアイドルやファッションのお話に時間の大半を費やして
クラスの男の子達の事も話題に上る。 由紀夫でデートをしていた時は一方的に喋る友華に半ば呆れていたのが
今では友華達に負けないぐらいに喋りまくっている。 春奈は男の子の不用意な発言が女の子を傷つけているのに
気付いて彼女達を傷つけるような言動は慎むようになった。
逆に身勝手な発言をして女の子を傷つけて、それに気付かない男の子に腹を立てる事もある。
味覚も変わってコーヒーしか飲まなかったのが、コーヒーの苦みが苦手になって紅茶を好むようになって行った。
甘い物に対しても歯止めが利かずケーキやチョコレートを食べ過ぎて、ダイエットに励んだのも一度や二度ではない。
男の子だった時は無関心だった体重にも感心を持って、どうすれば可愛く見せる事が出来るかに気を配った。
でも、自分が着る物となると由紀夫だった時の好みを引きずっているのかも知れない。
それは由紀夫が持っていた理想の女の子のイメージがあってこんな服装をさせてみたいなって思っていた。
それを春奈の好みの服装として受け入れて日々の生活を楽しんでいる。
春奈の性格の本質は変わらないかも知れないが、元々夏海のクローン体が持っていた女脳の脳内配線と
ホルモンの作用で、まろやかで優しい女性的な思考と行動様式を身につけて行ったのではないだろうか。
体と感情のバランスが取れて来て女性を同性として、男性を異性として認識出来るようになった。
価値観も女性としての感情の芽生えによってしだいにふれあいを大切にする女性的な価値観に変って行った。
「ねぇ〜パパそろそろお買い物に行きましょうよ〜。」 春奈は雅昭に呼びかけた。
「そうだな。 そろそろ行こうか。」
立ち上がってレストランを出た雅昭は昨日約束した買い物に付き合った。
渋谷駅前に戻ってファッションビル<渋谷109>通称まるきゅーに入って行く。
お目当ての店は4階にあるカパルアとEGOIST、カラフルでキュートな女の子らしいお洋服に溢れている。
デニムとワンピースそしてキャミソールを買って貰った。
そして春奈は雅昭をセンター街に連れて行った。
渋谷のシンボルで常に流行を生み出している活気にあふれた個性的な若者ファッションの発祥地。
何カ所かのSHOPに立ち寄ってブラウス、スカートそして化粧品を買い求めた。
「春奈ぁ〜疲れたからどこかで休まないか。」
雅昭はネクタイをゆるめて春奈に呼びかけた。 中年の雅昭には春奈に付き合うだけの体力はなかった。
「パパも年ね。 喫茶店で一休みしましょうか。」
近くの喫茶店に入って春奈はパフェーを雅昭は紅茶とアップルパイを頼んだ。
「パパが甘い物を食べるなんて珍しいわね。」
「仕方ないだろう。 疲れた時は甘い物を食べたほうがいいんだよ。」
「そんなに疲れたの?。」
「あぁ〜すこしはパパの事も考えてくれ。 高校生の体力にはとてもじゃ〜ないが付いていけないよ・・・・・。」
「自分の事ばかり考えてご免なさ〜い。 もう帰りましょうか!。」
春奈も由紀夫だった時に友華のショッピングに付き合っていたがその時間は苦痛でしかなかった。
女の子になった今ショッピングを楽しんでいるけど、それに付き合わされている雅昭も精神的な疲労を味わっている。
女性にとってはお買い物はふれあいやおしゃべりと一緒で空気みたいに生活に完全にとけ込んでいる。
しかし男性にとってはショッピングに付き合って時間を費やす事自体がストレスにつながる。
でも雅昭は可愛い愛娘のためにあえてその苦痛に耐えていた。 それに気づいた春奈は雅昭に詫びた。
喫茶店を出て一度事務所に帰って車で自宅に向かった。
「ただいまぁ〜。」 甲高い春奈のの声に夏海が出てきた。
「お帰りなさい。 あっ、お姉ちゃん!お洋服買って貰ったのね。 いいなぁ〜。」 夏海が羨ましそうにした。
「大丈夫よ夏海の分もあるからね。 体型はほぼ一緒だからサイズは合ってるはずよ。」
「本当!お姉ちゃん大好きよ。」 夏海はうれしそうに春奈に抱きついた。
「あたしの事はいいから後でパパにお礼を言ってね。」
食事をして2人は買って貰ったお洋服を選り分けた。
「お姉ちゃん、けっこう派手なのを買ったのね。」
「夏海のは少し地味なのにしたからいいでしょう!。」
「でも、このキャミいいわね。 お姉ちゃんこれあたしにちょうだい!。」
「ダメぇ〜。 これは買って貰った中でもお気に入りなのよ。」
「じゃ〜こちらはいいでしょう?。」 夏海は残りのキャミを手に取った。
「本当はそれも欲しいけど夏海に譲ってあげるわ。」 春奈と夏海は夜遅くまで戯れて眠りについた。
体育祭も終わって街は夏の衣を脱ぎ捨てて、すでに秋の装いを見せ始めていた。
春奈は夕方裕輔と落ち合うために剣道場に来ていた。
「あたしも去年の夏まではここで部活をしてたのね。」
由紀夫だった時は俊敏な技の冴えを見せて裕輔と2人で世田谷の竜虎として近隣の学校に恐れられていた。
しばらくぶらぶらしていると裕輔が部活を終えて出て来た。
「春奈わるかったね。 待たせたみたいだな。」
「いいのよ。 あたしも久しぶりにここに来て色々な事を思い出しちゃったの。」
「そうだな。 最近は大会に出ても以前のように優勝できなくなったよ。
大将の俺が頑張っても由紀夫みたいに優秀な副将がいなくなったからな。」
以前は大会に出ても先鋒・次鋒・中堅が敗れても副将の由紀夫と大将の裕輔で勝ち進んで来た。
「そんなことを言われてもあたし困っちゃうな。 裕輔が1人で頑張るしかないかも。」
「わかってるよ。 こんな事は春奈にしか言えないよ。」
「そうね。 裕輔ってけっこう意地っ張りだもの。」
2人は話しながら学校前のロイヤル・ティ・クラブに入って行った。 マスターが明るく出迎えてくれた。
「あら、マスターのそんな笑顔を見るのって久しぶりね。」 春奈も思わず微笑んだ。
「そうだったかな?。」
春奈はうれしかった。 マスターはケーキに使っていたフルーツが手に入らなくなって暗く沈んでいた。
みんなもそんなマスターを心配してあえてケーキの事にはふれなかった。
注文して裕輔と指定席に座っているとマスターが紅茶とケーキを持ってきた。
テーブルに置かれたケーキを見て春奈は驚く。 それは紛れもなくオリジナルのケーキだった。
「春奈ちゃんにも心配かけたけどもう大丈夫だからね。」
「もう食べれないと思っていたのよ。 マスターありがとね。」
春奈は久しぶりにケーキを堪能した。
実はケーキに使うフルーツは再び銀座の天使の翼の系列の果樹園から仕入れられるようになった。
それは裕輔の父裕康の尽力による。 裕輔の母園子もここの常連でこのケーキを楽しみにしていた。
そのケーキが食べられなくなった事を夫に愚痴をいった。
それを聞いた裕康が色々と調べた結果自分の取引先との問題が判明した。
裕康は大手食品商社の営業部長で天使の翼とも取引がある。 そこの社長とは個人的にも仲がよかった。
色々と折衝して天使の翼が欲しがっている物が判明した。 それは戸倉牧場のフレッシュバターだった。
そこでフルーツの見返りにそのバターを渡す事で話しをつけることにした。
マスターも同意して店で使う分を除いて天使の翼にもバターを供給することになった。
しばらくお話をしているとマスターが春奈の好物の紅茶にカナダのサトウカエデから取ったメイプルシロップ
を入れて甘みを調整したフルーツポンチを持って来てくれた。
「はい、春奈ちゃんこれはサービスだよ。」
「わぁ〜うれしいなぁ!。」 うれしそう笑ってまた裕輔とお話をする。
「裕輔、この間ねママのお使いで裕輔んちに行ったの。 小母様と楽しいお話が出来ちゃった。」
「あぁ、その日は俺は出かけていたから後で春奈が来たってお袋から聞いたよ。」
「色々とおもしろいお話を聞かせて貰っちゃった。 裕輔って可愛いとこあんのね。」
「何を笑っているんだよ!。 お袋も何を喋ったんだ?。」
「うふふっ、裕輔があたしを隠し撮りしていた写真を見せて貰ったの。」
「えぇ〜嘘だろう〜あの写真集を見たのか?。」 裕輔はビックリして聞いて来た。
「本当よ。」
「お袋もおしゃべりなんだから。」 裕輔は膨れ面で文句を言った。
「そんな事を言うもんじゃないわ。 小母様は小母様で裕輔の事を心配してるのよ。
でも、見せて貰ってよかったと思ってるわ。 だって、裕輔の気持ちがよくわかったもの。」
裕輔は去年の2学期に春奈をからかって帰って母の園子にその事を告げた。
園子に女の子になっただけでも大変なのに幼馴染みにからかわれた由紀夫の気持ちを
考えてあげなさいと怒られる。
裕輔は次の日に謝ろうとして春奈に近づいて行ったが、睨まれて口も聞いて貰えなかった。
幼馴染みなので軽い冗談のつもりで言ったのが、これほどの反発を招くとは思ってもいなかった。
反発の大きさに戸惑いながらも、その後何回か話しかけたがことごとく無視された。
無視されても春奈と話したいと言う想いは募るだけだった。 でも、話して貰えない。
そのため裕輔は春奈の写真を隠し撮る事で気を紛らわす事にした。
そして部屋でその写真を見て話しかけながら自分を慰めていた。
そんな息子を見て園子は不憫に思ったが、春奈の気持ちが和らぐまで少し冷却期間をおいた方がいいと思って
何も言わなかった。
それから数ヶ月が過ぎて春奈も女の子の生活にも慣れて気持ちにも余裕が出て来た。
そんな春奈の気持ちの変化を感じた園子は裕輔にもう一度話しかけるように勧めた。
その甲斐があってまた付き合いだして、今ここに恋人として2人は座っている。
「裕輔、あたしが何故あなたを無視したかわかってる?。」
「いや、わからなかったよ?。」
「それはね、男の子の時は許せても女の子にはその男の子の一言が許せない事もあるのよ。
これからは女の子を傷つけるような事を言っちゃダメだよ。」 春奈は悪戯っぽく笑って裕輔を見た。
「そうか、これからは気を付けないといけないな。」
2人は喫茶店を出ては家に向かって歩き出した。
「遅くなっちゃた。 またパパに怒られちゃうわ。」
「春奈、送っていこうか?。」
「いいわよ。 子供じゃないんだから。」
春奈の事を気遣ってそう言ってくれた裕輔の気持ちが嬉しかった。
付き合い出して半年が過ぎて今では春奈の心の中にしっかりと裕輔が宿っている。
「裕輔、これからも自分の気持ちを大切にして生きて行きたいわ。」
「それって春奈が俺に惚れてるってことか?。」
「も〜う裕輔のバカぁ!。 女の子にそんなことを聞くもんじゃないわ。」
「ごめんよ。」 裕輔が頭を掻きながら謝って来た。
「うぅぅん、いいのよ。 あたしはそんな裕輔が好きなの。」 そう言って春奈は裕輔の頬にキスをして走り出した。