春奈のリターンマッチ:第2章
作: しろいるか
あれから半年と言う時間が過ぎて春奈は2年生になった。
4月の晴れた日の放課後に春奈達3人は学校の前の紅茶喫茶<ロイヤル・ティ・クラブ>に入って行く。
イギリススタイルの紅茶を飲ます店として、学生に人気のある店でマスターも面白いキャラクターをしている。
人懐こい柔和な顔で特徴的な顎鬚。 そして、マスターの入れる紅茶は絶品だ!。
約15種類ぐらいの紅茶が楽しめる。 そのために放課後になると女子生徒で店内はほぼ満席となる。
今日はお勧めの逸品ダージリンのファーストフラッシュを頼んだ。
温めたポットに厳選された茶っ葉を入れて店の裏にある井戸から汲んだ自慢のこだわりの井戸水を沸かした
沸かしたての熱湯を注ぐと茶っ葉はジャンピングしながら蒸らされたいく。
カップに注がれた紅茶はオレンジ色に輝いて芳醇な香りが立ち上る。
マスターが持ってきた紅茶にミルクを入れると水色はキャメルブラウンに変わっていく。
この店で出されているミルクは普通のミルクではない。
特別に親戚の農場に頼んでイギリスから輸入した牛の牛乳を使っている。
毎朝、マスターがその日に使う分を車で農場まで取りに行っている特別製なのだ。
日本の牛乳にはない、脂肪が上に浮いてクリームラインと呼ばれる層を作るタイプの牛乳を使っている。
「紅茶にこだわる以上にミルクにこだわる。」 これがマスターの持論でもある。
不味いミルクは紅茶の持ち味を殺してしまう。
薫り高く芳醇な味わいのある紅茶を入れてもそのミルクによって今までの努力がすべて無駄になる。
厳選された紅茶とミルク・地下水・そして卓越した技量。 紅茶は文化に根ざしたライフスタイルである。
1杯の紅茶によって気持ちが安らいで1日の活力になって行く。 お客さんの笑顔がマスターの喜びでもある。
そして、マスターがこだわっている牛乳で作った生クリームとフレッシュバターを使って作った幻のケーキがある。
もちろんメニューには載っていない。
「マスター〜!。」 友華が手を上げて呼んだ。
「友華ちゃん何か用かい?。」 マスターが3人の所に近づいて来た。
「あれないのぉ?。」 友華が小首を傾けて上目遣いにマスターを見た。
「あれって?。」
「マスターのいじわるぅ〜。 とぼけないで出してよぉ〜お願い!。」
「判ったよ。 いつもご贔屓の3人組だからしょうがないな。」
店の奥に引っ込んで奥からお盆に載せて木苺をふんだんに使ってあるケーキを持って出てきた。
「はい、特別だよ。」 そう言ってテーブルにケーキを置いた。
店のオリジナルのケーキで一度食べたらその味が忘れられない木苺のケーキ。
でも、日に10個ぐらいしか出せない限定品で春奈達もめったに口に出来ない。
「やったぁ〜!ありがとうね。 だからマスターのこと大好きよ。」
「本当ね、このケーキを食べたくてここに来てるの。」
「ケーキだけなのか?紅茶はどうでもいいのか。」 マスターが少し睨んでいる。
「そんなに睨まないでよ。 も、もちろんマスターの入れる紅茶は絶品よ。」
「そうだといいんだがね。」
「マスター!機嫌を直してよ。 お願い!。」
「御免なさい、マスターゆるしてぇ〜。」 春奈も胸も前で手を合わせて上目遣いにマスターを見た。
「春奈ちゃんがそう言うんだったらしょうがないな。」 腕を後ろに組んでカウンターの方に戻って行った。
「マスターありがとうね。」
3人は嬉しそうにケーキに手をのばした。 至福に浸ってケーキを食べながら楽しい時間を過ごした。
「春奈、最近けっこう女の子に染まって来たようね。」 友華が聞いて来た。
「本当ね。 仕草とか可愛くなったよ。」
「そぅ〜かなぁ〜?」。」 小首を傾けて友華の方を見た。 その仕草は妙に可愛らしくてすっかり女の子している。
去年の夏まで男の子だったなんて信じられないくらいに女の子の仕草や言葉遣いが身についている。
その行動を見ても自然体でぎこちない所は見当たらない。
春奈って生まれた時から女の子だったかなって、錯覚させるぐらいに自然な立ち振る舞いが出来ている。
クラスのみんなも男の子だった時の由紀夫の事はすっかり忘れて春奈に親しんでいる。
服装もコギャル風にしてブラウスのボタンを一つ外してラベンダーのリボンも外している。
スカートはミニになっているのをさらに2重に折ってパンツが見えそうなぐらいに短くしている。
そして、足にはルーズソックスを穿いている。 最近はその服装の事で夏海と言い争いが絶えない。
夏海は真面目だから校則通りの服装をしている。 すこしの乱れも気に入らない。
そんな彼女だから姉の乱れた服装を気に入るわけがない。
今日も2人は朝から言い争って夏海が膨れ面で春奈を問い詰めている。
「お姉ちゃん!なんでそんな格好をするのよ。 スカートをそんなに短くして恥ずかしくないの?。
耳にピアスの穴まで開けちゃって!いいかげんにしてよ。」
「いいじゃ〜ないの!あたしはあたしの着たい様に着るのよ。 夏海の指図なんて受けないわ。
それにパンツ見られたぐらいで恥ずかしがってちゃ〜女子高生なんてやってられないわ!。」
「でも元はあたしも体じゃないの!。」
「それがどうしたの?確かにこの体は夏海に貰ったわ。 でも、今はあたしの体よ!文句あんの。」
春奈は眉間に皺を寄せて夏海の額を指で軽く弾いた。
「ママに言いつけてやる!。」
「いいわよ!言いつけたかったら言いつけたら。 これからはお化粧もするからねぇ!。」
夏海をきっと睨みつけてティールブルーのバックと携帯を持って家を飛び出した。
学校に行きながらブツブツと文句を言った。
「夏海のバカァ!真面目なのも大概にすればいいのよ。 あたしの気持ちも知らないで!。」
前はあんなに仲がよかったのに最近は事あるごとに睨みあっている。
真面目すぎる夏海と能天気な春奈の価値観の違いがぶつかり合って火花を散らす。
でも夏海には感謝している。 この体が無かったら由紀夫として人生を終えていた。
言葉遣いや習慣を教えてくれて初めて生理になって戸惑っていると優しく処理の仕方も教えて呉れた。
夏海のおかげでこんなに早く女の子に順応出来たのかも知れないなって思って、
歩いていると後ろから肩をポンとたたかれた。 振り向いて見るとクラスメートの野村裕輔が立っている。
由紀夫だった時の幼馴染で去年女の子になって初めて学校に行ってからかわれて疎遠になったかっての友達。
今は春奈は部活をしていないが由紀夫だった時は剣道部に入っていた。
裕輔も一緒に入っていて技の朝倉・力の野村として競い合っていた仲だった。
「何か用なの?。」 少し睨んでぶっきらぼうに聞いて見た。
「そんなに冷たくすんなよ!幼馴染じゃないか。 学校まで一緒に行ってもいいだろう?。」
「いいわよ。 でも、裕輔とこうして歩くのって久しぶりね。」
「前は部活の帰りに歩きながら話していたのに、由紀夫が春奈になって話すことが無くなったなぁ。
話し掛けてもろくに返事もしないですぐに女の子の輪の中に入って行った。 俺は寂しかったよ。」
「裕輔が悪いのよ!あたしにあんな事を言ってからかったりするからよ。 あたしね、裕輔に失望していたの。
裕輔だけはあたしをみんなから庇ってくれると思ってたのに先頭に立ってからかうんだもん。
もう口なんか聞いてやるもんかって思って帰ってベットで泣いちゃったんだよ。」
「悪かったよ。 配慮が足らなかったのは謝るよ。 でも、春奈だって水臭いよ。
2学期になるまで女の子になったなんて一言も言ってくれなかった。
俺が事故に遭った由紀夫を心配して何度、病院に行ったか判るか!。
その度に面会謝絶だと言われて帰ったんだ。 退院したら説明くらいしてもよかったんじゃないのか?。」
「その事だったらあやまるわ。 でもね、あたしが裕輔に女声で僕、由紀夫だよって言って信じてくれた。
どこか他所の女の子がからかって電話をかけて来たって思って怒ったんじゃ〜ないの?。
それにパパからも手続きが終わるまで誰にも、このことを言っちゃあいけないって言われてたの。」
「うん、そう言われればその事は否定出来ないなぁ〜。」
「そうでしょう!。」
「結局、2人共疑心暗鬼になって気持ちのボタンを掛け違えていたんだな。
春奈、もう一度以前のように仲良くしてくれないか?。」
「うん、考えて見るわ。 幼馴染が仲が悪いのって寂しいものね。 でも、今日の裕輔ってずいぶん素直なのね。
前はそんなに素直じゃなかったわ。 あたしが由紀夫だった時なんてずいぶん意地悪されたのもの。」
「そうだったかな?。」
「よく言うわよ!とぼけちゃって。」 春奈は頬を膨らまして裕輔を睨んだ。
「でも、俺だって由紀夫に振り回されたって思っているよ。」
「あら、そんな事ってあったかしら?。」
「春奈こそとぼけてるよ。 でも、こんな不毛な言い争いはもうやめようぜ。
俺がこの半年の間どれだけつらい想いをしたか判らないだろうな。」
「そんなにつらい想いをしてたの?。」
「あぁ、幼馴染に無視されたんだ。 からかった俺が悪かったのは判っているよ。
でも、口ぐらい利いてくれてもよかったんじゃ〜ないのか?。」
「裕輔がそんな想いでいたなんて知らなかったわ。 御免ね。」
「わかってくれてありがとう。 春奈って綺麗で可愛いよ。」
今日の春奈は髪をアップテールにしてスカイブルーのリボンを結んでいる。
前髪を垂らして特徴的な大きな目が輝いている美人系の顔。
でも、美人特有のすました顔でなく愛くるしい笑顔が似合って可愛い。
服装もすっかりコギャル風になっている。 短すぎるミニスカートから伸びている太ももは輝いて見えた。
裕輔は白く可愛らしい足に魅せられて行った。
「ありがとう。 でも、本当はまだからかってるんじゃないのぉ〜?。」 わざと裕輔を試すように聞いてみた。
「とんでもない!本当にそう思ってるんだ。 あの時の春奈だって可愛くて輝いて見えたんだぞぉ〜。
スカートを穿いて女子の制服を着ていた姿に本当は心臓がドキドキして気になってしょうがなかった。
からかったのは俺の照れなんだ。 御免よ!俺を許してくれないか。」
「そうだったの。 裕輔にそこまで謝られたら許さないといけないわね。 あたしも少し意固地になってたのかなぁ?。」
「本当か!お詫びに何か奢るよ。 次の日曜日あいてないのか。」
「それってデートに誘っているんじゃ〜ないの?。」
「なぁ〜いいだろう!頼むよ。」
「しょうがないなぁ。 まぁ〜いいわ!付き合ってあげる。」
こうして2人の気持ちのミスマッチは終わった。
今までの空白を埋めるようにお話をしながら歩いていると学校が見えてきた。
次の日曜日に春奈は自分の部屋で悩んでいた。
「デートに何を着て行こうかなぁ?。」 あれこれ悩んで候補を3点に絞った。
結局、白地にピンクの水玉のあるミニのワンピースにした。 襟や袖にレースの飾りのある可愛いお洋服。
ウエストや後ろにはスカイブルーのリボンの飾りが付いている。 ドレッサーに座ってお化粧をする。
眉を描いてピンク系のアイシャドウで目元を暈かす。 頬にチークをさしてピンクの口紅をつける。
今日は全体をピンクでまとめてみた。 立ち上がって全身を鏡に写して見ると可愛い女の子が写っている。
仕上げに祖父の信次に買って貰ったゴールドのネックレスをつける。
祖父は事故で女の子に変わった春奈を不憫に思って色々と面倒を見てくれる。
今日もデートだと言うとお小遣いを呉れた。 今では可愛い孫娘の一人だ。
スカイブルーのリボンの飾りの付いた白い幅広の縁のある帽子をかぶって、ヴィトンのポーチを肩から下げた。
初デートだから普段のコギャル風のファッションでなく少し大人しくまとめてみた。
「夏海好みかなぁ?。」 って思いながら少しヒールの高いサンダルを履いて出かけた。
門の所で夏海がお花にお水をかけていた。
「お姉ちゃん、どこへ行くの?。」
「デートよ〜!夕方には帰るってママに言っといてね。」
「わかったわ。 そのお洋服似合って可愛いよ。 デート頑張ってね!。」
「ありがとう。 じゃ〜ね。」
夏海が笑顔で見送ってくれた。 最近は少し反発していたのにやはり姉妹だと心が和んだ。
気分もルンルンで待ち合わせ場所の公園に急ぐとすでに裕輔は来ていて暇をもてあまし気味にしていた。
「ごめんねぇ〜、待ったぁ〜!。」 春奈の元気な声が聞こえてきた。
「あぁ、少しだけどね。」
「女の子の支度は時間がかかるの。 あたしとデート出来るんだからいいでしょう!。」
「春奈、可愛いよ。」
「そうかしら?。 あたしってそんなに可愛い!。」 髪を撫でながらポーズをとった。
「あぁ、本当に元男の子だったなんて信じられないよ。」
「そのことはもう言わないでぇ。 今のあたしを見て。」 裕輔の唇を白く細い人差し指で塞いだ。
裕輔は春奈の体を見て大きなバストに目を奪われていった。
「うふふっ、裕輔ってHなんだね。」 口元に手を当てて可笑しそうに笑った。
「春奈だって由紀夫だった時は同じ事をしてたよ。 中学の時一緒に女子の更衣室を覗いたことがあったよ。」
「そんな事もあったわね。 でも、今のあたしは逆に覗かれる方にいるの。 覗いたら承知しないわよ!。」
「わかったよ。」
「でぇ、どこへ行くの?。」
「とりあえずマックに行こうか?。」
「いいわよ。」 2人はマックでチーズバーガーのバリューセットを頼んだ。
デートコースに選んだお台場ではシネマメディアージュでシアター1のスーパープレミア席に座った。
裕輔が春奈のためにすこし無理をして用意した二人用の予約席。
「裕輔ったらぁこんな良い席でなくてもよかったのに。 高かったんでしょう?。」
「いいんだ!春奈との初デートだから。 それにバイトで稼いでいるから大丈夫だよ。」
映画はアレキサンダー・ディカプリオとケイト・ウィンスレット主演のタイタニックを見た。
1912年4月15日午前2時20分アイルランドのクィーンズタウンからニューヨークに向かう途中に
ニューファンドランド沖で巨大氷河と衝突して沈んだ豪華客船。 人間のドラマ、そして恋。
セリーヌ・ディオンの歌う<MY・HEART・WILL・GO・ON>が流れた時には感動して涙が流れた。
歌姫の透明な声に酔いしれた。 いつしか自分がジャックとキスをしているローズになっている姿を想像していた。
「あたしも立場や階級が違っても真実の愛が貫けるような恋をしたいなぁ。」
体が痺れて目も潤んで頭の中が真っ白になって現実から意識がトリップして行く。
映画館を出てネオジオワールドで遊んで大観覧車に乗って、次はハイパーシュート&ハイパードローに乗った。
急激な落下に思わず悲鳴を上げた。
「きゃあ〜〜〜」 春奈の悲鳴に隣に座っていた裕輔が優しく手を握ってくれた。 手の温もりを感じて嬉しかった。
その後アクアシティでショッピングを楽しんでカフェに入った。 春奈はチョコパフェー、裕輔はコーヒーを頼んだ。
うれしそうにパフェーを食べている春奈を見て裕輔が口を開いた。
「春奈よくそんな甘いものが食べれるな。 女の子になってすっかり味覚が変わったようだな。」
由紀夫だった頃は甘いものは好まなかった。 喫茶店に入ってもコーヒーしか頼まなかった。
「仕方ないでしょう。 今は女の子なんだから体が甘いものを受け付けるのよ。
それにあたしの体って今では脳も女性化してるのよ。」
「えぇ〜本当なのか?。」 裕輔はビックリして聞いて来た。
「当然よ!女の子の体の中にいれば卵巣から出る女性ホルモンの作用で女性化して行くのよ。」
「ふぅ〜ん、でも俺はもう1つ疑問があるんだ。 春奈って夏海ちゃんのクローン体に脳移植したんだったな。」
「えぇ、そうよ!。」
「移植した脳と体の神経が1ヶ月足らずで繋がるのか?。 7月の終わりに事故を起こして9月には女の子で
登校して来たんだ。 おかしくないか。」 裕輔は頭をひねっている。
「そうね、普通だったら短いでしょうね。 でも、あたしの場合は少し条件が違うの。 妹の遺伝子を使ったのよ。
適合率100%拒否反応は限りなくゼロに近いの。 病院の先生も奇跡的な回復力だって言ってくれたわ。」
「そうだったのか!考えて見たら2人は双子だったな。」 納得したような表情をした。
「わかればいいのよ。 でも裕輔ってあたしの事がそんなに気にかかっていたの?。」
「幼馴染で女の子になった美人の可愛い子が目の前にいたら気にしない方が可笑しいよ。」
「あたしも男の子だった時は夏海の事を美人だなぁって思っていたから可愛いのは当然よねぇ。」
小首を傾けて可愛くポーズを取った。
「でも、自分で自分の事を可愛いって普通言うかなぁ?。」
頬杖を突いて笑いながら言う裕輔の言葉に思わず頬を染めて可愛い舌を出した。
「でも、実際に可愛いんだから可愛いって言ってもいいんじゃないの?。」
「それはそうだけど・・・・・。」
「裕輔ったらぁ素直じゃないんだからぁ!もう知らないわ。」 頬を膨らませて横を向いた。
「御免よ、機嫌を直してくれ。 でも、そんな仕草を見ると元から女の子だったような気がするね。」
「そのことはもう言わないでって言ったでしょう!。 由紀夫だった時のことなんて忘れてよぉ〜。」
「やれやれ、お姫様の世話も大変だなぁ!。」 裕輔は心の中で呟いた。
気まぐれで我が侭だ。 でも、そんな彼女を可愛いと思っている。
春奈のクローン体移行処置で一部の関係者しか知らない秘密がある。
それは、事故から2学期まで1ヶ月しかなかったために、特例として病院の倫理委員会の審議が通らない
特殊な技術が使われた。 春奈は脳移植なんてしていなかった。
由紀夫とクローン体の頭を電極で繋いで脳を電気刺激で活性化して、電気信号化した記憶を含む意識を
クローン体の記憶中枢に移し変えて行った。
あたかもコップの水を空のコップに移し変えるように意識を移して行った。
そして、これは例外的な措置で成功率は5分5分。 いや!むしろ失敗の方が多いかも知れなかった。
何かのアクシデント起こった場合には記憶が飛んで意識がショートしてしまう事がある。
今回はたまたまうまく行ったが最悪の場合白痴になってしまうような技術は、人の命を守る医療現場には
相応しくない危険な技術として、再び使う事の出来ないように永遠に封印された。
春奈がこれだけ短時間で女の子に染まったのも、男性ホルモンにさらされた事のない女性の脳だからかも知れない。
女性の脳にはリズムがある。 弾力性にとんでいてしたたかさを持っている。
普段、男性は右脳を主に使っている。 分析能力に優れて空間感知と音感も女性よりはある。
地図を見てその場所を空間として認知出来る。 しかし女性には地図が読めない。
逆に女性は左脳を主に使っている。 優位脳として言語機能を始め声、音の認識に優れた能力を持っている。
料理をしながらでも電話でお喋りを楽しめるし、生まれてすぐに母親の声を聞き分けられる。
女性は男性より太く強靭な左脳と右脳を繋ぐ脳梁<のうりょう>を持っている。
この脳梁の差で左右の脳の情報伝達のアクセス時間が違う。
言語脳である左脳と空間認識の右脳との情報交換を臨機応変に行って、危機に際しても脳梁の機能がうまく働いて
逆らうことなくチャンネルを切り替えて生き延びる。
男性の脳にはこんな柔軟性はない。 精神に受けたダメージはストレートに影響してくる。
たとえば雪山で遭難した場合でも男性は空間認識があるために無謀に行動をしてしまう。
女性はそのまま場所を動かずにリバークして体力を温存して結果的に助かる可能性が高い。
こう言った場合の冷静さは女性の方が持ち合わせているのかも知れない。
女性と男性の最大の性差は妊娠するかしないと言う事だろう。 女性は種の保存と言う宿命を背負っている。
個体としての生命力の弾力性と柔軟性はこれに起因している。
春奈の体には元々の遺伝子の持ち主の夏海のたっての望みによって追加された記憶がある。
それはあまりにもひどい由紀夫の学習能力を授業について行けるように意図的に能力レベルを高めてあった。
夕方に2人は朝待ち合わせた公園でブランコに乗っていた。
「なぁ、春奈ぁ!これからも付き合ってくれないか!。」 裕輔は春奈の目を見つめた。
春奈はブランコに座ってしばらく時間が過ぎて行く。
「いいわよ!付き合ってあげる。 でも他の子に手を出さないでね。」 裕輔には自分だけを見て欲しかった。
「判っているよ!これからは春奈ひとすじだから。」 照れて頭を掻きながら答えた。
「裕輔ったらぁ自分でそんなことを言って恥ずかしくないの?。」
「俺はそれだけおまえの事が好きなんだ。」 裕輔は他の女の子には感じない魅力を春奈に感じていた。
「そうなの?。」 頬に手を当てて微笑みながら裕輔を見つめた。 その仕草が可愛い。
「うわぁ〜可愛いなぁ。」
「そんなに見つめないでよぉ!恥ずかしいわ。 裕輔!鼻の下が伸びてるわよ。」
「御免!可愛いからつい見とれちゃったよ。」
「今日は楽しかったわ!また誘ってね。」 春奈は別れを告げて家に帰って行った。
次の日に学校で友華と恵理がニコニコしながら話し掛けてきた。
「春奈!昨日見かけたわよ。 野村君といつから付き合っているのよ。」
「そ〜よ、声をかけようと思ったんだけど2人ともいい感じだったんで見逃してあげたのよ。」
「さぁ〜春奈!.白状しなさい。 いつからなの?。」
「二人とも誤解をしないで!。 あたしと裕輔は幼馴染なの。 去年のお詫びに奢るって言うから付き合ったのよ。」
「ふぅ〜ん、本当かなぁ?。」 意地悪な笑みを浮かべる2人に見つめられて顔が赤くなっていく。
「あっ、赤くなってる!。 嘘だね!春奈もその気があるのよ。 あたし達を誰だと思っているのよ。
春奈よりず〜と永く女の子をやってる大先輩だよ。」
「もぅ〜、元から女の子には適わないのね。 付き合ってはいるわ。
でも裕輔が好きかって言うとそれはまだわからないの。」
「よかったわ。 これで春奈もやっと男の子に恋する乙女になっちゃったのね。」 恵理はうれしそうに笑った。
「でも元恋人としては少し寂しい気がするかも。」
由紀夫だった時は友華と付き合っていた。 明るく話題も豊富で勉強も教えてくれていた。
でも、由紀夫には全然勉強なんてする気がなかった。 当然授業について来れずに落ちこぼれて行った。
夏海も心配していた。 そして事故が起きて女の子として学校に行くようになった。
しかし不思議な事に授業の内容が理解出来る。 自然と授業に集中していった。
すべてはクローン体への意識移転の際に行われた処置の賜物だろう。 成績も徐々に上がっていった。
明日から試験がある。 春奈は夜、机に向かって判らない問題で頭を悩ませている。
とうとう問題集を抱えて隣のドアをノックした。
「夏海、ちょっと入ってもいい!。」
「いいわよ!。」 部屋に入っていくと夏海が椅子をくるりと回して春奈の方に向き直した。
「お姉ちゃん、どうしたの?。」
「判らない問題があるんだけど教えてくれない。」
「どの問題なの?。」
机の上に問題集を広げると懇切丁寧に教えてくれた。
これまでの反発が嘘のように今日の夏海は色々と気遣ってくれている。
「明日からテストなのに一夜漬けじゃあダメでしょ。 日頃からの積み重ねが大切よ。」 優等生の言葉が返ってくる。
「わかったわ。 これからは夏海の言うようにするね。 今日はありがとう!。」
翌日、春奈は数学・英語・歴史・国語・化学の諸問題に神経を集中して行った。
結構、問題が解ける。 昨夜、一夜漬けで覚えた問題が出ている。
「あたしって勘さえてるなぁ。」 気持ちに余裕が出来た。 一応問題は出来たがもう一度確かめてみた。
「あっ、間違えちゃった。」
でも、もう時間が無い。 夏海だったらしつこく時間まで書き直すかもしれないが春奈はあっさりとあきらめた。
「はい、そこまで!。」 先生の声がして時間になった。
筆記用具をバックに入れて教室から出ると後から友華と恵理が追いかけて来た。
「春奈ァ!待ってよ〜。」
「試験どうだった?。」
「そうね。 試験なんてあんなものよ。」
「あらっ、なんか余裕があるみたいね。」
「そうじゃないの。 昨夜、夏海に教えて貰った問題がばっちり出たのよ。 間違えもあったけどね。」
「ふぅ〜ん、よかったわね。 で、試験も終わった事だしお茶でも飲まない。」
「いいわよ、久しぶりにおしゃべりしようか。 マスターの所に行こうよ。」
「じゃあ、今日はあたしが奢ってあげる。」
「本当!恵理、わるいわね。」
3人は揃ってロイヤル・ティ・クラブに入って行く。
「いらっしゃい!久しぶりだね。」 カウンターからマスターの元気な声が聞こえてきた。
「そうだね、色々と忙しかったの。 でも、マスターのことを忘れたわけじゃないのよ。」
「うれしいことを言うね。 今日は特に腕を振るうからね。」 うれしそうに笑った。
「へぇ〜だったら普段は手を抜いていたのぉ?。」
「バカな事を言うんじゃないよ。 今日はさらに念入りに入れるってことだよ。」
「うふふっ、冗談よ。 言って見ただけなの、御免ね。」
マスターは沢山いる女子生徒の中でもこの3人娘が特にお気に入りなのだ。
フィーリングが合うと言うか気持ちの波長が通じる。
3人もそんなマスターを好ましく思って色々と親や先生に言えないような相談を人生の大先輩として持ちかけている。
「今日はアールグレイでお願いね。」 恵理がそう言って奥の指定席に座った。
しばらくして紅茶とケーキを持ってテーブルに並べた。 いつもの木苺でなくてブルーベリーが乗っている。
「どうしたの?ケーキなんて頼んでないわよ。」
「木苺のケーキは人気があるんだけど、いい木苺が中々集まらないから数が出せないんだ。
それでブルーベリーで作った試作品なんだけど、よかったら意見を聞かしてくれないか。」
「マスター、本当にいいの?。」 目を輝かして聞いてみた。
「今日はお馴染みの3人娘にモニターして欲しいんだよ。」
「わかったわ!ありがとうね。」
3人は試食のケーキをぱくついた。 ブルーベリーの酸味とクリームの甘味が絶妙のハーモニーを奏でている。
香りも残っていて鼻をくすぐられる。 木苺も美味しかったがブルーベリーもいい!。
「マスター!これ美味しいよ〜。 木苺に負けないぐらいいいケーキだね。」
「ありがとう。 それだったら日に30個ぐらいは出せそうだよ。」
「じゃ〜、あたし達はこちらでも良いよ。」
3人は満足したように家路についた。